ノトニクル

ノトがベトナムのどこかをうろつきます。

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ノバティカルクロニクル 帰れトレントへ(前編②)

      2014/09/09

レストランのスーシェフであるバーバラと和食ランチを作る。

バーバラはトレントのワインの大学でワイナリーを専攻していた才女で、将来ワイナリーを目指している若きコックだ。大学では全ブドウの遺伝子構造を解析して土地の特徴に適した品種改良を行うなど、ぶどう専門の生物学の研究のようなことをやっていて、13歳(多分)からキッチンで働いて体で覚えて来たパオロとは違い結構理詰めで考えて行動するタイプだ。ノトも同類なので完全に意気投合し、空き時間にグルタミン酸(旨味成分)について熱く語り合ったり、糖の結晶の違いがもたらす食感の違いについて語り合ったりしている。ノト、バーバラが日本人だったら、彼女もまた結婚に苦労するタイプだと密かに思っている。

IMG_0242バーバラ。一日が終わり帰り際、風邪気味のノトのためにお茶とビスケットのケータリングを作ってくれる。ゴム手袋で蓋を作り自分で爆笑している。

そんな愛すべきバーバラとビオマーケットに日本食材を買いに行く。バーバラは日本食にとても興味があるらしく、自分で何度か試したことがあるが本物を食べたことがなくて興味津々だ。一棚全て日本食材のコーナーがある。醤油は普通の醤油、たまり醤油、スーパーたまり醤油(?)と3種類ある。みりんや日本酒はないが米酢と梅酢(なぜ)があって、ガリとか粉わさびとか海苔とかがある。寿司を作ることを想定しているのだろうか、基本的なものが揃っていない。
豆腐も売っているというので見に行くと、すごくハードな豆腐が置いてある。重しをして2日くらい水気を切った豆腐みたいに固くて、茶碗蒸しの”す”みたいな泡が入っている。投げつけたら結構痛いくらい固い。多分舌触り悪いんだろうなと思うのだがしょうがない。豆腐のクオリティーは低いのだがなぜか豆腐クリームというのは種類が豊富にあって、アーティチョーク入りとかオリーブ入りとかバジル入りとかある。無理しないでリコッタと合わせればいいのに。

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レストランに戻り、利尻昆布と血合いの少ない鰹ぶしから丁寧にとった黄金色の出汁でみそ汁を作って、ビオストアで買った豆腐とじゃがいもとネギ(小たまねぎみたいなやつの青い部分)でみそ汁を作る。いんげんの胡麻和えをまた作って、鶏胸肉で敵焼きソースを使って照り焼きチキンを作り(照り焼きソースがバーベキューソースみたいな味がする)、海苔とゆず胡椒と生クリームでニョッキを作る。米を炊こうとも思ったがとりあえずバーバラに海苔ソースを試してもらいたいのでニョッキにする。
ノトとしてはおいしく食べてもらうことに越したことはないが、本当の和食の味がどのくらい通用するのかということに興味があるので、塩を増やしたり砂糖を減らしたりはしない。結果的にバーバラの口には合ったみたいで、特に出汁の取り方と胡麻和えの胡麻の使い方について興味を持っていた。バーバラと料理法の違いについて考察する。

和食の出汁の取り方とイタリアの出汁の取り方は全く逆だ。和出汁はアクや臭みが出ないように気を使いながら昆布を引き上げて鰹もすぐに引き上げるが、イタリアの出汁は煮込んで煮込んで煮込む。日本の白米に該当するであろうパンやポレンタも、塩もハーブも入っていて既に味がついている。同じポジションに位置する食べ物でも、食文化が違うだけで全く出で立ちが異なる。

バーバラは日本食ファンのようなのだが、後日バーバラアンコールでパオロやエリーザ(パオロ奥さん)も含めて和食ランチをした時には、バーバラ以外の人に好評だったのは天ぷらだけだった。そして若干障壁のようなオーラも感じ取った。だがこれは想定の範囲内ではあった。パドバにいた頃は20代の若い料理人ばかりが相手だったので調理法や食材に興味を持ってもらったのだろうが、そういうケースばかりでない保守性が多数を占めるからこそ、イタリアにはイタリア料理しかないんだろうなと思う。そしてその排他的な保守性に加え、自分たちの味覚への絶対的な自信がある。
最近私が生粋のビジネス(ウー)マンだということに気付き始めたパオロは、将来私がトレンティーノ商品の市場を日本で開拓する橋渡しをすることを期待して毎日ビジネスチャンスについての考察を語ってくれ、こんなに美味しいものが日本にまだないことをチャンスと捉えているらしいのだが(どこまで本気かは謎)、なかなか彼の描く市場を日本で開拓するのは難しいというのは容易に想像がつく。最も大きな理由は味覚の違いだ。本当に不思議なほど違うのだ。
味や食感についてざっくりとまとめるとこんな感じだろうか。パドバとトレントしか滞在していないので偏った考察だとは思うが、1ヶ月は少なくともこんな感じだった。

食感:
日)ふわふわ、もちもち、とろける、ほろほろ
北伊)複数の食感のコントラスト、アルデンテ

味の構成:
日)素材の味単品を味わう(素材+素材を引き立てるもの)
北伊)味を組み合わせる(素材+素材+素材+・・・)

味:
日)甘い、おだやかな旨味
北伊)強い塩、強い旨味

提供の仕方:
日)少量を多種類、一度に出す
北伊)一皿一品で前菜、副菜、主菜、デザートの順

飲み物:
日)軽いビール、日本酒、焼酎、とりあえず生
伊)毎日違うワイン、香りを味わう

特に日本人の味覚を攻略するにあたって「甘み」というのは重要なキーワードだと思う。もちろん砂糖的な甘みではなくて、素材の持つ自然な甘みだ。例えば日本人の果実に対する「甘さ」の追求はすさまじいものがあると思う。日本で生産される桃やさくらんぼやりんごやブドウは、世界のどこにも見当たらないくらい丁寧に大切に育てられて、果汁を充塡されている。果物界のフォアグラみたいなものだと思う。スーパーで糖度表示がされるくらい、糖度というのは日本人にとって大切な指標になっている。

それにしても味覚の違いというものがどのようにもたらされるのか興味深い。生まれ育った環境が最も影響するのだろうか。

話は変わって、今週はトレンティングラナというグラナ・パダーノのトレンティーノ版を作っている工場に連れて行ってもらう。朝5時に起きて6時出発。6時半には工場に着く。甘ったるい濃い牛乳の香りが工場に溢れている。必ずしもいい香りというわけではなくて、生乳の生臭さもあるので苦手な人は苦手かもしれない。
銅メッキしてある桶が13台あって、毎朝採れた牛乳と前日の乳精を合わせて脂肪分を分離させるらしい。驚いたのは牛乳の色がすごく濃いことだ。グラスに入れて斜めに傾けると、牛乳の跡がグラスの内側にはっきり残るくらい濃厚だ。「美味しい牛乳」を半分に煮詰めたくらい濃厚かもしれない。でも生乳なのでミルクの香りが残っている。この牛乳を43℃くらいまで温めて乳脂肪を分離してチーズを作る。

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トレンティングラナはパルミジャーノ・レッジャーノに結構似ているけれど、もっと味がまろやかで柔らかい。グラナ・パダーノにすごく近い。というか、トレンティングラナのチーズの表面に、グラナ・パダーロのシールが貼ってあるので同じようなものなのだろう。多分共通の組合かなんかがあって、それが同一の品質基準を定めているんだろう。ただ使っている牛乳に違いがあって、トレンティングラナは山にいる牛、グラナ・パダーノは平地の牛、という違いがあるらしく、トレンティングラナのほうが甘みが強いらしい。以前日本でグラナ・パダーロを試食した事があったが、味がまろやかでしょっぱくないパルミジャーノ・レッジャーノのような味だった。トレンティングラナもそんな感じだ。熟成期間次第なのだろうがパルミジャーノ・レッジャーノのアミノ酸のがりがりした舌触りはほとんどない。ポジション的には、パルミジャーノ・レッジャーノ36ヶ月熟成が夜の美熟女でトレンティングラナ24ヶ月熟成が美人という感じだろうか。割と安いのでイタリアではパルミジャーノ・レッジャーノの代わりに多用されているのだが、日本で市場が開けていないのもわからなくもない。美味しいは美味しいがパルミジャーノ・レッジャーノのあの旨味に並ぶことこはあれど勝る事はない。なかなかこれといった顕著な特徴がないし、まだグラナ・パダーノの方が有名なので、日本市場開拓にはこぎ着けられにくそうだ。

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チーズ工場を見学した後、2週間後からお世話になるマッシモに会いに行く。マッシモはトレントで肉加工食品の店をやっているおじさんで、これまた岩本シェフのツテでパオロの友人。背は低いけれど肩幅がアメフト選手並みに広くて、でも森の妖精のような顔立ちをしている。

立ち話もなんなのでと3種類のハムをスライスして併設の食堂みたいなところに行く。朝9時からワインとハムとパン。こういう時アルコールに強い肝臓に感謝する。

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盛り合わせてくれたハムは、スペックという外側を薫製したこの土地特産の生ハムと、栗を食べている野生豚の背脂(ラード)のハム、ボローニャ特産のモルタンデッラというサラミの盛り合わせだ。赤身部分はガツンとくる血の味がする。日本人にとっては好みは分かれるかもしれない。しかし特筆すべきは脂肪の美味さだ。マッシモの作るハムのラード部分はあまりしょっぱくなく、脂肪の甘さが残っていて、でも全く重くない。そして食感がさくさくしていて、そのあと溶けていく。豚が違うのだろうか、とにかく軽い。薄切りにしたトーストと相性がいいと思う。脂全般に抵抗がある日本人にウケるかどうかはわからないが、料理における脂の旨味の重要性というのを強く認識する。

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チーズ工場から帰って来て、パルミジャーノ・レッジャーノのようなハード系チーズは(高いが)なんとか輸入できるとして、イタリア系フレッシュチーズの代表である水牛の”おいしい”モッツァレラが日本で全くといっていいほど手に出来ないことに意識が向くようになった。しかし日本のイタリアンレストランで、モッツァレラを使っていない店はまずないし、日本でおいしいモッツァレラチーズを手に取りやすくしたい。なぜ今日本においしいモッツァレラがほとんど見当たらないのか。日本へのモッツァレラチーズの輸出障壁と日本におけるモッツァレラチーズ生産の障壁はなにか。聞けばトレントにモッツァレラチーズ工場があるというので、まずはそこに行ってこれから分析してみようと思います。コンサルスキルがこんなところで役に立つとは。

つづく

 - イタリア旅行記, 料理

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