パドバケーション 第二楽章 トッカータ 巨体も踊る “Who Says Cooks Can’t Dance? ”
2014/09/09
今日からレストランの仕込み見習いが始まる。
レストランまでバスで行く。バス応用編、追試。
昨日教えてもらったバス停につく。10分前行動。余裕のリスクヘッジ。しかし、世界中の、バスが通るくらいの大きさの道には、大抵車線は二つある。ふと対向車線側にもバス停があることに気付く。しまった、Line-Mだということは聞いたが、どっち方面かを聞いてない。しかし対向車線側、向かう先は山しかない。私がいる側は町中へ向かう。きっとこっちだ。
待っているとバスが来る。”Aeroport”と書いてある。はとバスみたいなリムジンバスだ。さすがパドバ版志摩、交通機関もリッチだなぁ。
バスを止めて、念のため空港に行くか聞いてみる。ベネチアの空港に行きたいのかと聞かれる。いや、全然行きたくない。その空港じゃない、ローカル空港の方だと言うと、Line-Mに乗れと言われる。しまった、そういえば確認していない、これはLine-Mじゃないただの観光バスだ。タクシーのごとく止めてしまった。
謝り、そそくさとハトバスを降りてLine-Mを待つ。ものの2分くらいでやってくる。ここでも念のため空港に行くか聞いてみる。イタリア語で何かをまくしたてている。何を言っているのかさっぱりわからない。このチケットだとなんちゃらこうちゃらと言っている。バスの後ろで車が待ち初めている。これ以上行き場のわからないやりとりを続けるわけにはいかない。しょうがない出直そう。一旦バスを降りる。運転手のおじさん、困った顔で苦笑いをして手を振っている。私がイタリア語できないばかりに、本当に申し訳ない。色んな意味で出直してきます。
バス去る。
惨敗。
一旦ホテルに引き返す。空が高く空気は澄み渡り、ぶどう畑に囲まれたこの上なく贅沢な秋晴れの休暇。一人、足取り重く家路につく。
ホテルに到着。受付のおじさんにどこから乗るのか確認する。XYZホテルの目の前だよ。誤解を恐れずに言おう、それは誰よりもよく知っている。どっちの車線かを聞いているんだ。そうこうしているうちに別の受付のお姉さんがどうしたのかとやってくる。事情を説明しているとアレッシア(アルベルトの奥さん)もやってくる。やがてアレッシアのお母さんもやってくる。さながらF1でチーム車の帰りを迎えるメンテナンスチームみたいになってくる。
いいかい、ホテル側から見て対向車線だ、がんばれ!幸運を祈る!!正しい情報と激励をもらってみんなに見送られてホテルを出る。F1というより、初めてのお遣いで泣いて帰ってきた子供を励まして再チャレンジさせている様子に近いかもしれない。
同じバス停に戻ってくる。バスはまだ来ない。シミュレーションを重ねる。私は空港を見つけて、停車ボタンをおして降りるのだ。なんということなしにレストランに辿り着き、Ciaociao!!と笑顔で挨拶するのだ・・・!
バスがやってくる。ボンジョルノ!!!!平静よそおり颯爽と乗り込んでチケットをスキャンする機械を探す。運転手のおじさん、”Sulla macchinetta gialla”(あの小さい黄色い機械だよ)機械?黄色?それっぽいものを見つける。チケットを刻印する。全イタリアよ見たか、ノトは今、初めて一人で、イタリア語をきちんと聞き取ってそれに基づいた正しいアクションを起こした。初めての生のイタリア語、初めての聞き取り成功。この初めの一歩の喜びを墓石に刻もう。(誰か、スペル間違ってたら教えてください)
バスに揺られ40分くらい経ったとき、先方にだだっ広い空き地が出現する。多分あれが空港だ。プロペラ機がある、当たり。降車ベルを押してバスを止める。バス、バス停を通り過ぎる。なに!?おい降ろせ!降車ボタンを押しまくっていると少し先のバス停で止まる。さっきのバス停はLine-Mは止まらないバス停だったのだ。停車ボタンを壊さんばかりに押しまくったノトを見る周りの視線が心なしか冷たい。しかししょうがない、押しまくるは一瞬の恥、降りぬは一日の恥。
バスを降りてレストランに向かう。Ciaoチエミ!昨日会った人たちが迎え出てくれる。昨日包丁研いでおいてよかった。顔と名前を覚えてもらったぞ。
キッチンでは4人のコックが、それはもう目まぐるしく動いて仕込みをしている。この4人、縦にも横にもでかい。アンダー100kgが一人しかいない。その4人が、EXILEばりにきびきびと前後左右上下4人交差で動きまくっている。決められたオペレーションがあるらしく、流れるように作業が進んで、いろんなソースが出来上がって行く。しかも、一人がソースを作ったら、それに使ったミキサーを次の人のために近くに置いておく。次の人は使ったらしまう。使った道具はすぐに洗って、次に使う人のとろこに置いておく。つまり、4人それぞれが、自分の仕事だけじゃなくお互いの仕事の内容と順番を覚えている。
美しくスピーディーなフォーメーション。Who Says Cooks Can’t Dance? 巨体も踊るのだ。
仕込みが一段落すると、今日の食材と調理法について英語の話せるシェフとナポリ人のコックが交互に教えてくれる。根セロリと生クリームのソース、トリュフ風味、イタリアンブッロッコリ(Friarielli)という名前の菜の花みたいな苦みのある野菜で作るソース、ナラタケとアンズタケのマリネ、ゆでた卵黄とグレープフルーツを使ったシーザーサラダのドレッシング、云々・・・。今日は来るのが遅くなって見れなかったけれど、また作るからその時に見ればいいよ!ノトは一人誓う、帰国したら新人にもっと優しくなろう。
ランチタイム。
レストランで食べる。この地方の料理である干したタラをオリーブオイルで混ぜながら練り上げた、バッカラマンテカートをオーダーする。
待っていると、シェフ、これを食べてみなさいと、おもむろにシャコを使った前菜を出してくれる。軽く火を通したシャコに、ほのかに塩味のするコリっとした食感のアッケシソウ(シーアスパラガス)を添え、カレー粉とカリカリのクリスピーをまぶした一皿。シャコが、包丁の背でたたいたみたいに柔らかい。実はシャコを食べるのは初めてだったので、どのくらいゆでるとこうなるのかよくわからない。2分以下ということだけれど、私が唯一シャコを見かける日本の回転寿司のレーン上のシャコは、見た目ゴムみたいにピーンと伸びて固そうだから、日本にあるシャコだと2分も茹でたら茹ですぎになるのはと思ったが実際どうだろう。
前菜を食べていると、今度は豚ひき肉で作ったミートソースと茹でたカボチャのペンネを軽く盛って味見させてくれる。カボチャはミートソースにあうと思うんだとシェフ。間違いない。日本人には、これにちょっとだけクリームを入れるともっとウケそう。
ここで、オーダーしたバッカラマンテカートがくる。はっと気付く。ノトが主菜をオーダーしたのでシェフが前菜と副菜を少しずつ用意してくれたのだ。なんという紳士。
さて、バッカラマンテカート、タラの身の繊維がまだけっこう残った状態で練り上げていて、オリーブオイルの香りを強く感じる。もっと練り上げたら、よりクリーミーになるのだろうか。タラの周りのソースは、イタリアンブロッコリーとそのゆで汁を使って作った、トリュフペースト入りのソース。イタリアンブロッコリーは味が菜の花に似ている。ちょっとだけ苦い。しっかり茹でたほうれん草に、ゆでた菜の花をちょっと入れて作ったスープみたいな感じだろうか。これ自体に風味は少ないのでトリュフの香りが立つ。
しかし、ホテルでそのへんのおばあちゃんの3倍は食べてきているノト、オリーブオイルが香るこの皿を完食することができない。不覚にも前菜と副菜も食べたのだ。胃にまったく余裕がない。もう明日は絶対朝抜いてくるぞと心に誓いながら、この捨てられ行くタラを前にフォークを置く。フランスのブルターニュでサーモンのバタームニエルにバターライス、最後にガレットブルトンヌ(ご当地バタークッキー)が出てきて、金を積まれてもここには住めないと思ったのを思い出す。出てきた食べ物は絶対に残さないことを信条にしているのに残してしまう。何ともやるせない。
ウェイターのアンドレアが、残すの?という顔をしながら、OK?と聞いてくる。OKOK、シェフが見つける前に片付けてくれ。
食後のコーヒーを飲みながら、シェフが白身の魚を捌いているのを見る。手で皮をはいでいる。皮面を先にグリルしているんだろうか。バターのブロックみたいなのを上に乗せて、オーブンでグリルし始める。小学生のとき北海道のどこかで、フレッシュハーブを細かく刻んで練り混ぜてあるバターをホテルの朝食で食べたことがある。ものすごくおいしかった。多分バターは発酵バターで、それだけでおいしいものだったんだろうけれど、そこにローズマリーとイタリアンパセリを刻んで入れていたと思う。熱々の小さなパンに塗ると、むせるようなバターの濃厚な香りと、フレッシュなハーブの香りが続く。シンプルで、素材を味わいつくせる取り合わせだと思う。
そんなことを考えながら、シェフの流れるようなメインディッシュの仕上げをぼーっと見ていると、不意にその皿を私の前に置く。イタリアを食べ尽くしなさい、と。シェフ、あなた今、超イケメンに見える。なんてお礼を言ったらいいかわからない。今はイタリア語がつたなすぎてありがとうしか言えない。そして今ほど、胃に1mmも余裕がないことを悔やんだ瞬間はない。
料理を味わうというよりも、もう研究のための味見のように、白身の隅を
恐る恐る口に運ぶ。バターにアーモンドパウダーと胡麻を練り混ぜて薄く延ばしたものをカード状に延ばして冷凍し、それをグリルしておいた魚に乗せてオーブンでこんがり焼き上げている。バターの油分でアーモンドが香ばしく焼き上がる。そこにほっくりと茹で上げた根セロリのクリームをあわせている。前菜、副菜をノンオイルであわせたらちょうどいいかもしれない。セロリでさわやかな香りをプラスしているんだけれども、胃腸の弱めの日本人的には根セロリを細くカットしてレモンとヨーグルトで和えたサラダくらいのほうがいいかなぁ。そこに茹でた卵黄をほぐし入れて、カレーの香りを効かせてもよさそう。
もちろん食べきれない。朝食べ過ぎたんです、本当にごめんなさいと白旗をあげ下げてもらう。シェフ、笑顔だが目が笑っていない。ふがいない。
朝の食べ過ぎもあるが、実は初日のイカスミ事件から胃の調子が悪い。ノトの胃は辛いものも脂っこいものも大丈夫だが塩の浸透圧には適応できなかったらしい。帰ったら胃薬を飲もう、大量に持ってきているのだ。医師であるとうちゃんがいつも送ってくる。シャイな彼にとっては自分の処方した薬を送ることが愛情表現なのだ。でもなぜかわからないが彼自身はサクロンを飲んでいる。
精算しようとすると、払わなくていいと言う。君に払わせるわけにはいかない、自分はミツ(岩本シェフ)にとてもお世話になった、だから今度は自分がお礼をする番だ、とアルベルト。ああ、なんて美しい友情だろう。こうやって、恩を恩で返す関係を何年もつなげて、広げている人たちもいるのだ。世界は思っているほど悲惨じゃないかもしれない。今ノトの心は無菌室みたいクリーンだ。帰国する頃にはきれいなジャイアンならぬきれいなノトになっているかもしれない。
CiaoCiao!また明日ね!みんなに見送られてホテルに戻る。帰りのバスは余裕だ。中高生達の帰宅時間だったらしく、たくさんの学生が乗っている。アジア人をあまり見たことないのか、わたしみたいなでかい女性のアジア人を見たことないのか、羊の群れよろしく一斉にこっちを見てくる。何がそんなに目を引くんだろう?中国人とフィリピン人は結構いるらしいのに。
夜、アレッシアが仕事を終えるのを待って、アルベルトと3人でジェラートを食べに行く。パドバで一番おいしいジェラートを君に食べさせなきゃいけないという。人工甘味料をいっさい使っていないジェラートを作っているお店で、アルベルトの友達も待ち合わせて集結する。外は結構寒いので薄手のコートを着ながら、ジェラートを持って外で1時間近くしゃべる。敢えて問いたい、何かが間違ってないだろうか?
さて、このオーナー、アルベルトがFBに投稿した包丁研ぎの様子を見たらしく、包丁の人としてノトを既に知っていた。加えて英語がぺらぺらで、速攻で仲良くなる。日本から来たんだというと、有名なジェラート屋さんが東京にあって、そこの女性オーナーがジェラートのコンテストで優勝したんだとけど知っているかと聞いてくる。もちろん知らない。HPを見せようとHPにアクセスするのだが、彼のPCやたら遅い、全然動かない。隣のピザ屋のWi-Fi使っててな、夜は遅いんだ、向こうがネットしはじめるからな、と彼。でもどうやってパスワード知ったんだと聞くと、そのピザ屋の名前を入れたらいけたんだ、アホなピザ屋め!俺は映画のダウンロードもしてるんだ、ファッキンピッツェリアめ、PC閉じてさっさと寝やがれ!面白い人みつけた。
ジェラートは、ピスタチオとヘーゼルナッツをオーダーする。ピスタチオはまだ香りが弱くていまだGROMの方がおいしい。しかしヘーゼルナッツは、香り高く甘いヘーゼルナッツが強く感じられる仕上がりになっていておいしい。深くはローストしておらず(生かもしれない)、生のアーモンドが甘く杏仁の香りがするように、甘く花のようなナッツの味わいがある。
いずれにせよここにはまた来るだろう。私もファッキンピッツェリアをいびらなければならない。
つづく
おまけ
アルベルト先生の今日のイタリア語
mangiare:食べる
bere:飲む
rompere:壊す、潰す
coglioni:(ググってください)
*Mangiate, bevete, e non rompete i coglioni: Eat, drink and shut the fuck up