ノトニクル

ノトがベトナムのどこかをうろつきます。

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ノバティカルクロニクル パドバケーション編 第四章 コンチェルト <ノトのための協奏曲>

      2014/09/09

日曜日。アルベルトの家で和食パーティーの準備を始める。
パーティーはレストランが休みの月曜日にやることになった。ただ一つだけ問題がある、とアルベルト。レストランのみんなが来たいって言ってるんだ。最高12人になる。
わかってる、あなたそれを何も問題とは思ってない。

12人を相手に料理した経験は1度あるかないかだ。しかしその時は自宅だったので、前日からの仕込みが十分に出来た。今回は、前日の準備2時間と当日の準備2時間しかない。そして自宅ではないのでどこにどのくらいの調理器具があるかわからない。かなりリスクを積むことになる。しかし作らなければならないものが決まっている以上、ステップを減らすことは出来ない。出来るのは、いかに効率化してリスクを事前に減らせるかということだけだ。
メニューは8品を想定する。手巻き寿司、天ぷらは必須。アルベルトが日本人の友人からもらったという胡麻ドレッシングのサラダ、鶏としいたけと茄子の炊き合わせ、ほうれん草のおひたしわさび風味、芋もちの海苔とチーズのソース。デザートに抹茶のフォンダンショコラと小豆のミルクレープ。
前日に作れるものと当日に作るものを分けて仕込む順番を書いていく。各メニューの手順と工数と実施時期を洗って行く。プロジェクトではこれをWBS(Work Breakdown Structure)と呼ぶ。約束されているように工数が爆発する。
ここからが本領発揮だ。ノトのExcelショートカットが火を噴くぜ。各行程を並行するように詰め込んで、バランスよく行程が配分されつつ4時間以内で終わるように計画しなおす。一応スケジュール上は間に合うことになる。しかし残念なことに、私が工数を計画するときはそこには絶対不可侵なルールが存在する。全ての実際工数は、間違いなく想定の1.5倍になるのだ。これはもはや純粋な比例関数の世界であり、真理だ。言い換えると私が算出する最もタイトな工数は確実に50%ずれる。「この数字は確実に50%ずれます、理由は不明です。」と胸を張って工数提示するノトに、哀れなプロジェクトマネージャー達は何度困惑させられただろうか。
今回も4時間で終わることになっているが、確実に6時間かかるだろう。行程は減らせない。メニューはこれ以上ないほどシンプルでブラッシュアップできない。さて、どうするか。
Oh!No!マンマミーア!ジャポネーゼ!と嘆きながらアルベルトがいろいろなアングルで工程表の写真を撮っている。ノト、南イタリアのプロジェクトはお断りだが、もれなく北イタリアのプロジェクトもお断りだ。
必要なものを洗い出した後、半休のアルベルトが買い出しに連れて行ってくれる。
スーパーに着く。色々必要な材料がない。アスパラが欲しいというと、それはシーズンじゃないからないと言う。ほうれん草も同じ理由で売られていない。日本のスーパーではシーズンものというのは本当に限定されていて、大抵のものは年中あるので、ないと言われると新鮮な驚きがある。よくも悪くも日本は顧客主義に傾倒しすぎなのだ。一方で、そこに需要があるならばと、シーズンじゃないものを工夫して提供し続ける農家はすごいなとも思う。IMG_5371買い物も終わり、アルベルトのうちへ向かう。
2種類のデザートと炊き合わせを作っておく。炊き合わせに使う鶏はもも肉を使う。皮目を多めの油で揚げ焼きにして、油を捨ててから別に火を通した茄子と戻した椎茸で煮込む。出汁は羅臼昆布と血合いの少ない鰹節からとった上品な出汁をベースに、醤油と日本酒と塩で味付けする。昆布に切り込みを入れて低温でしっかり出汁を抽出した後、一度煮立たせてなま臭みをとる。冷水を入れて温度を80℃まで下げ、血合いの少ない鰹節を入れる。鰹節が沈んだところですぐに濾す。きらきらした透明な黄金の出汁がとれる。お吸い物のための丁寧な出汁だ。
ここに醤油と日本酒を入れて炊き合わせのベースにする。炊き合わせの秘訣は前日仕込みだ。おでんやカレーと同じ原理で、素材から出た出汁がスープに溶けて、素材がそのスープを吸う。そうやって素材とスープのそれぞれの出汁が循環しておいしくなる。こればかりは技術というより時間が料理をおいしくする。
もくもくと料理していると、チエミ、たしかに今日午後までうちにいていいけれど、僕たちお昼ご飯を食べなきゃいけないよ、とアルベルト。しまった、それは想定外の工数だ。外食したら2時間とられる。落ち着け自分、代替案の検討とプロコンだ。ベストソリューションはノトが台所を占領したままもう1品作ることだ。アルベルトの家にある蕎麦を私が調理するのはどうだろう?いいよ、エクセレントだ。代替案の提示と受け入れ。Win-Winだ。
しかし温かい蕎麦がいいというアルベルト。となると、かけ蕎麦はあまりにもそっけない。しかし家で調理しないアルベルト夫妻は肉も魚も常備してないので、旨味のある具を作る材料が一つもない。挙げ句翌日の天ぷら用の粉を使ってかき揚げを作ることにする。たまねぎと人参とトウモロコシのシンプルなかき揚げだ。トウモロコシはレンジで温めて軽く火を通す。アルベルトにやってもらう。電子レンジでほとんど調理しないのか、トウモロコシをポンポン爆発させてる。Oh!No!ポップコーン!いいから電子レンジを止めるんだ!ノトはポップコーンで天ぷらを作りたくない。
蕎麦は茶蕎麦があったのでそれを使う。蕎麦汁は炊き合わせ用に作った出汁をベースにする。かき揚げを仕上げていく。トウモロコシがポップコーンさながらに熱いままだがしょうがない。かき揚げはすぐに出来る。並行して蕎麦も茹で上げる。一度水で流して締める。そばつゆを温めてそこで締めた蕎麦を再度温める。皿に盛ってかき揚げを乗せて、完成。
かき揚げは、混ぜる具材に先に粉をはたいていなかったので若干油を吸いすぎているが、さすが既製品の天ぷら粉だけあって仕上がりは悪くない。麺つゆは味が若干薄い。ベネチアで塩害に遭ってから塩にヒヨっているのだ。出汁がきいているのが唯一の救いだ。
穏やかで平和な秋の午後。ノトの仕込みは2/3の完了だ。計算され尽くした美しい方程式通りの遅延。今ならまだスムーズに仕事復帰できるだろう。

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翌日。
用事のあるアルベルトの代わりにペッペが買い出しに付き合ってくれる。迎えにきてくれて、荷物も全部持ってくれる。マダム、今日は僕はあなたのタクシードライバーでポーターです、必要なら料理も手伝います。ペッペよ、私の今後のために教えてほしい、私の何が君たちをそんなふうにさせるのだろうか。

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大きなモール内にのスーパーで魚を物色する。鮮度は全然良くない。日本のスーパーで値引きのシールが貼られるか貼られないかくらいの鮮度だ。買いたくないが他に魚介を扱っているスーパーがない。しかし魚がないと寿司は厳しい。今日寿司だというのはみんな楽しみにしている。背に腹は代えられない。サーモンとエビとスズキを買う。塩で締めて臭みをとろう、それでもだめだったら軽く湯通ししよう。
買い出しは終わったがアルベルトが不在なのですぐに準備にはとりかかれない。準備は午後6時からでパーティーは8時からだ。まだ昼時だ。ペッペがこれから両親にランチを作るから食べて行かないかと言う。ボンゴレビアンコを作るんだそうだ。当然行く。オイル系のパスタはノトの好物の一つなのだ。

ペッペの家に着く。ペッペのお父さんお母さんに挨拶する。不覚にもご両親へのご挨拶のようになってしまっているがしょうがない。ノトがそんな懸念を抱いているのをよそに、本人達はまるで気にしていないようで、ノトをダイニングテーブルに放置して台所でしゃべりまくっている。ここにそれを置かないでよ!!ママ、アサリをそっちに持って行かないでよ!!パパ、ジェンナリーノ(犬)にハムをあげないでって言ったでしょ!オージェンナリーノ、バンビーノー!なんてかわいいの!!

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叫びながらもペッペはしっかりボンゴレビアンコを仕上げて行く。パスタとソースを別々に用意してからパスタをソース側に入れる。結構な量ののオリーブオイルをだばだばと入れる。そこにゆで汁も加える。で、揺すって煽って揺すって煽る。オイルが乳化されて、パスタにまとわりつくのでソースがフライパンに残らない。
とてもシンプルな料理で、粉とオイルと出汁の味わいがそれぞれはっきり感じられる。使っているパスタはガロファロというブランドのスパゲッティーで、彼曰くこれが一番だとのこと。ノトはあまりブランドによる味わいの違いを認識できていないのだが、バリラとガロファロはその辺のささにしきと魚沼産こしひかりみたいなもんなのだろうか。

スパゲッティーの後、コーヒーをもらう。ナポリのコーヒーは世界一なんだとペッペ。そうなのか、知らなかった。この日本人は基本的に何も知らないと認知されたらしく、最近は「これはパルマ産の生ハムで、パルマは生ハムで有名なんだよ」と説明されたりする。しょうがない、iphoneだって充電できないと思われているのだ。パルマのハムくらい知ってるなんて言えた口じゃない。
さて、ペッペが作るコーヒーは、カフェコンクレマ(クリーム入りのコーヒー、Caffe con crema)という名前だが実際はクリームは入っていない。砂糖と少量のコーヒーを泡立て器でクリームのように(ペッペ曰く、”ザパイオーネクリームのように”)泡立てて、その泡を先にカップに入れる。そこにモカポットで濃く煮出したコーヒー(モカコーヒー)を注ぎ入れてゆっくりかき混ぜると、カップの底のクリームが浮いてきて表面に薄い泡の膜を作る。すごく甘いがすこぶるおいしい。実はノトはここでモカポットで入れたコーヒーを初めて飲んだが、モカコーヒーはエスプレッソのように濃くないし、普通のコーヒーのように薄くもない。特に難しいものでもないのでコーヒー好きの人には是非おすすめしたい。

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ランチを終えて、みんながソファーでごろごろし始める。ペッペは家事をしにどこかに行ってしまう。ペッペの父ちゃん、母ちゃん、犬、ノト。3人と1匹で、アメリカの恋愛ドラマをイタリア語字幕で観る。ドラマの男女関係も複雑だし今のこの場の3人と1匹の関係も複雑だ。
午後6時。パーティーの準備を始めるためにペッペの家を出る。決戦の時だ。昼寝中の母ちゃんが起きてくる。平穏な日に、突然の素敵なサプライズだったわと母ちゃん。実はサプライズしてたのか。

6時から準備を始める予定だったがそれがまるで予定されていたかのように開始が30分遅れる。残された準備時間は1時間半。昆布出汁を準備し始め、米を水に浸す。スズキとサーモンをおろして天ぷらの野菜を切る。暇そうなペッペを捕まえてクレープと天ぷらを作ってもらう。(天ぷらはフリットと同じだからと言って) 7時半くらいにキッコという別のコックもやってきたのでエビを下処理してもらう。さすがの現役。驚くべき即戦力だ。というか日本食を作らせてもやはり私よりうまい。

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IMG_5415IMG_5417ペッペが焼いてアルベルトがつまみ食い。

2時間の遅延見込みが30分の遅延に収まる。天ぷらが出来上がったので、前菜として持っていっていいかとアルベルト。こっちでいうフリットミスト(ミックスフライ)みたいな感覚なのだろう。天ぷらを前菜として食べていてもらう。

前日に作っておいた炊き合わせ、いんげんの胡麻和え、りんごの和風ドレッシングのサラダ、ささみとキュウリの和え物、郷土料理の芋餅の海苔クリームゆず胡椒風味、と徐々に仕上げて行く。寿司飯を仕上げて手巻き寿司の準備もできた。哀れなペッペはずっと天ぷらを揚げている。
全ての料理が出揃って、自席に着く。まずくはなかったらしく、ブラボーブラボー!と拍手をもらう。楽しんでもらえたようで何よりだ。天ぷらは終盤(かき揚げ)に差し掛かっているあちらの哀れなペッペ助手にも拍手を。

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デザートは2品、抹茶のフォンダンショコラにあんことカスタードのクレープ。クレープはミルクレープにする予定だったが時間が足りなくてそれぞれで巻いてもらうことにする。抹茶のフォンダンショコラはノトの数少ないスペシャリテの一つだ。スポンジケーキを作るときのようにもったりと泡立てた卵に、溶かしたチョコレートを入れて混ぜまくる。泡がちょうどよく消えたところで卵に軽く火を入れる。くしゅっと溶ける生チョコになるのだ。アルベルトがこの食感を気に入って、店でやると言う。抹茶ではなくてヘーゼルナッツペーストでやろうと思うとのこと。そこにオレンジとか、酸味のある果物を合わせるとチョコレートの強烈な甘さが緩和されて絶対おいしいはず。そう、間違いない。さすが現役コック。”料理と恋愛の方程式”(岩本光史著)を読むまでもなく、料理の材料の組み合わせルールを完全に理解している。ちなみに抹茶バージョンの本来のレシピはラム酒を結構入れている。ホワイトチョコの甘ったるさをラム酒で緩和するのだ。
一方シェフのリカルドは芋餅の海苔クリームゆず胡椒風味に興味を持っていた。このソースはノトのレシピではなく、原宿のアクアパッツァで食べた日高シェフのスペシャリテのレシピを借りた。ニョッキの代わりに地元北海道の料理、芋餅を使う。地元では、やわらかくしたジャガイモに片栗粉を入れて餅状にして、丸めて揚げたり醤油と砂糖で照り焼きにして食べる。ニョッキよりほっくりしている。今回は小さめに形成した芋餅をフライパンで少量の油で揚げ焼きにして、生クリームと海苔とゆず胡椒を入れ、パルミジャーノで味付けした。イタリアンと和食のヒュージョンのようだ、とリカルド。その通り、ここに来て、日本人はヒュージョンがとても得意だと気付いた。

ここに来て明らかな違いとして感じたのは、日本人は色々な素材や調理方法を組み合わせてよりよいものを作ろうとするということだ。世界中から素材を集めて、世界中に学びに行き、自分たちにないものを貪欲に吸収して持ち帰ってくる。
この傾向は料理に限ったことではないと思う。日本中のサービスは、それが都心部だろうと地方だろうと遅かれ早かれ改良改善が試みられて、家族や、町や会社といったコミュニティーでより良い環境が整うように工夫されていく。
一方で、そういった前進をコミュニティーでしか共有しようとしないのも確かだろう。

高齢化が進んで、貿易の自由化がやってきて、これまで後進国と位置づけられてきたアジアの国々が発展し、日本の産業構造は望む望まずに関わらず変化を強いられる。しかし、コミュニティーで防壁を作って内に閉じこもり外部からの変化に曝され、嘆き、困惑し、腹を立てるばかりでは、何も変えられないし、何より私たち自身が不幸なままだ。
加えて、コミュニティーという集団の単位に限らず、個々人の単位でも躊躇をちょっとずつでも乗り越えて自分で決めていくことに能動的になれば、来る将来は少しずつでも主体的で合理的なものになると思う。
行き届いた情報ネットワークと高い識字率で、私たちは多くの情報に触れそれを理解することができている。しかしあまりにも多すぎる情報に触れると、その情報を吸収することだけに私たちは時間を割かれてしまっているように、しばしば感じる。そこから何を読み取り、何を考えるかという時間を失ってしまっているように感じる。
社会に出て、社会の動きが少しずつわかってきた今、日本人だからこそ出来るものはなんだ、何が強みで何が弱みなのかということをノトはこの旅で少しでも見つけていきたい。

さて、全ての料理が終わり、最後、これがジャパニーズカルチャーだとAKB48のヘビーローテーションを紹介する。(振り付き)
チエミ、まさか日本でこの格好で踊っているわけではないよね?
アルベルトよ、どういう意味だい?

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久しぶりに戦線に立ったノトは、この後2日間寝込むこととなる。

つづく

 - イタリア旅行記, 料理

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