ベトナムの伊豆 ムイネー Day 1
東京都民にとっては近場のビーチは江の島とか伊豆だと思うが、ホーチミンの近くにもいくつか手短なビーチがある。先日ふと思い立ってムイネーというビーチのある町に行くことにした。ムイネーには以前旧友のw氏と来たことがあるのだが、リゾートホテルの居心地が良すぎてワイン片手にずっとホテルに引きこもりビーチに足を踏み入れないで帰ってきてしまったので、改めて行きたいと思っていたのだ。一年で最も暑いホーチミンの灼熱の太陽の下、そうだ海にでも行こうと思い立ち、暇そうなベトナム人の友人マイさんを呼びだして、市場に買い物に来たその足で長距離バスに飛び乗ったのであった。(わけあって暇を持て余していたのもある)
ムイネーはホーチミンから250km、バスで5時間くらいのところにある。朝11時に出発して午後4時に着く。前回は電車で行ったのだが今回は家の近くにバス停があるという理由でバスで行くことにした。片道175,000ドン、日本円で1000円くらい。ベトナムの長距離バスは座席がカプセルホテルのように車内に二段に配置されていて、おそらく身長が170cm以上あると膝を伸ばせない。アナウンスも音楽も車内のテレビも全てベトナム語。あらゆる面でベトナム人仕様である。ノトはこのバスに6回くらい乗ったことがあるが、あまりにもベトナム人仕様だからか、いまだに外国人を見たことはない。ちなみにいずれもベトナム人の友人と一緒に乗っており、ノト単独ではまだこのバスを制覇したことはない。そのくらいローカルレベルは高い。
バスが出発すると車内のテレビからは延々とベトナム歌謡特集のDVDが再生される。ある有名な歌手がペアをとっかえひっかえ2時間歌って、そのDVDがまた再生されるので、乗客は寝ていない限り同じ番組を2回見る。せめて2種類の番組を放映してくれたらと思うのは日本人だからなのか、このバス会社のサービスが悪いだけなのかはわからない。だいたいにして彼らが良かれと思って2回同じDVDを再生している可能性だってあったりする。寝てしまって1回目の上映を観過ごしてしまったお客さんのために二回放映しているのかもしれない。実はこれは運転手の大のお気に入りのDVDで、彼はとっておきをお客さんに“見せてやっている”のかもしれない。いずれにしろ日本人がベトナムの軒下でベトナム人のサービスにあれこれケチつけるのは、日本人の視野がそもそも狭いことが多いので気を付けなければならない。
ベトナムの歌謡曲に出てくる女の子はなぜか大抵農村で畑作業をするアオザイの女の子で、若い場合はあどけない感じを全面に押し出しているが、ある地点(おそらく30歳あたり)から化粧が2段跳びくらいで濃くなりお色気路線に転向し始める。独立記念日とか終戦記念日付近になると農村の背景は戦場にとってかわられて、戦場で戦い倒れる兵士たちのショートパフォーマンスの後に復興の歌が流れ、ベトナム万歳で終わる。そして曲は内容に関わらず必ず短調。曲調も日本の演歌とそう変わらなくて、あまりバリエーションは富んでいない。バリエーションに富んでいないと言えば先日CDショップのクラシックコーナーに行ったら、ダン・タイ・ソン(ベトナム人ピアニストで1980年にショパンコンクールで優勝)とリチャード・クレイダーマンのCDばかりで、ダン・タイ・ソンはともかくなぜリチャード・クレイダーマンばかりなのかと不思議に思った。どうでもいいけどリチャード・クレイダーマンと聞くとクリスチャン・ラッセンを思い出す。派手でわかりやすくてどこか胡散臭いという点で。好きな人には申し訳ないけど。
それはそうと、車内で放映されていた番組をぼーっと観ていたら、冒頭にステージで放たれた鳩が以降始終カメラに入り込んでいた。あまりにも頻繁に画面を鳩がドヤ顔で占領するので、いやいやおかしいだろうと笑っているのだが他のベトナム人たちは誰も気にしていないようだった。日本人の感覚ではおかしいことを確認するために、とりあえずどんな雑なネタも拾ってくれる青山のSSKさんにあらゆるアングルの鳩の写真を送り続けたところ、鳩が見たいわけではないとごもっともな指摘をいただいた。別の友人はテレビ用の鳩にしては汚いんじゃないかと、また新たな視点を提供してくれた。
解き放たれた鳩達はどこに行くでもなくステージの前方(お客さんと歌手の間)に陣取って、ステレオの上に乗ったりカメラを覗き込んだりしながら、でも大抵の鳩達はだまってステージ前方に陣取って2時間やり過ごしていた。このステージ終了後、上司命令で飛び回る鳩を捕まえて檻に戻さなければならなかったであろうスタッフ達のことを思うと、他人事ながら非常に不憫である。
鳩の話はさておき。
そうこうしているうちにバスはムイネーの近くの町ファンティエットに到着する。ここからムイネーはでは20kmくらいあって、タクシーかバスで移動する。長距離バス会社のサービスでムイネーまで車で送ってもらう。そういうサービスがそもそもあるのかわからないがベトナム人のマイさんがバス会社に何かまくし立てて手配してくれる。郷に入らば郷に友人である。ノト一人ではムイネーに到着は出来てもムイネーに最善の方法で到着することはできない。
ムイネーは海岸に長く広がる町で、その中心あたりで下ろしてもらい、まずは寝床を探しに行く。ムイネーは閑散期らしく店は3割くらい閉まっていて人通りも少ない。前回ムイネーに来たときはちょうど年明けだったので、バカンスのロシア人でごった返していた。ムイネーはロシアから直行便があり大量のロシア人が押し寄せる。お店の看板もロシア語しか書いてなかったり、ベトナム人のおばちゃん店員がペラペラとロシア語をしゃべっていたり、この地のロシアとの癒着は長く深い。おそらく日本人にとってのサイパンとかそういう位置づけに似ていると思う。
前回同様リゾートホテルに泊まろうとしたが正規料金が思いのほか高かった(150ドル)ので、道を挟んで向かいの一日7ドルのローカルホテルに泊まることにする。7ドルのホテルってどんな辺鄙なところだと勘ぐられるかもしれないけれど、割とこぎれいでこざっぱりとしていて、日本だったら5000円のビジネスホテルくらいのスペックだろうか。お湯については、①お湯は出るが流れないか②お湯は出なくて流れるかどちらかの障害に遭遇する確率は高い。しかし以前のリゾートホテルでも①お湯は出て流れなかったので、中途半端に高いくらいでは7ドルの部屋も150ドルの部屋もそんなにサービスに差があるわけではない(気がする)。
ほとんど手ぶらで来てしまったので近くの店で水着を買い、早速ビーチに向かう。もう5時半を回っているので茹でダコのように日に焼けることもなく泳げる。小麦色の肌には人並みに憧れるがシミが怖い三十路、太陽の下で無邪気に紫外線を浴びる程の勇気はない。紫外線こそないが、サンゴもなければ魚もおらずただ波に合わせて突っ立っているだけなので、結局30分もしないうちに飽きてそそくさと引き上げることとなった。
前回ムイネーに来たときは惰性に負けて夕飯はホテルで炒飯を食べてしまったので、ムイネーのナイトライフの実態を知らずに帰ってきてしまったのだが、今回は“ちゃんと”街に繰り出して外食をすることにした。観光客のあまりいないムイネーの夜はしっとりと静かでホーチミンのように蒸し暑くもなく、30分くらいだらだらと散歩しながらレストランを探す。よく“Bờ kè”という看板を見るので、これがご当地モノなんだろうとここに入ることにする。Bờ kèは自分で食べたい海産物を水槽から選んで調理してもらうレストランで、店先に魚や貝の水槽が所狭しと並んでいる。魚や貝に混ざってトカゲやら蛙やらスッポンもいる。海岸沿いの町だけあって魚介類は非常に新鮮で種類も豊富で、ホーチミンで泥臭いサイゴン川の淡水魚に辟易していたノトとしては久しぶりに美味しいシーフードにありつけることとなった。
店によって置いてある魚が違う上に料金も違うので、連なるBờ kèレストランを3-4軒覗いて美味しそうなハマグリのあるレストランに決める。レストランと言っても店内の大半は露店。ベトナム人はとにかく露店が好きらしい。先日あるフォー屋がビル内のレストランから屋台の露店に変えただけで繁盛するようになったと言っていた。
ハマグリと、金目鯛みたいな赤い魚を選んで、ハマグリはレモングラスと蒸してもらい魚は開いて素焼きにしてもらう。貝だけを扱う屋台が多くあるほどベトナム人にとって貝はなじみのある食材だが、貝は貝でもタニシとか毒々しい色の二枚貝など結構ハードルの高い貝ばかりで、日本人がどの貝も美味しく食べられるかというとそうでもないが、ハマグリのレモングラス蒸しだけは飛びぬけて美味しい。大き目の器にたんまりと盛られて、6万ドン(350円)くらい。安いわけでもないが外国人料金というほどでもなく、ホーチミンのローカルでも3-4万ドンくらいだろう。
人が少なく、海岸沿いの席に案内してもらう。客はちらほらいるがオフシーズンでのバカンスを楽しむ欧米人だけで、ベトナム人は全くいない。
ハマグリのレモングラス蒸しは、ハマグリの身もおいしいがスープが特に美味しい。ハマグリが大き目であれば、身を食べた後その貝でスープを掬ってすする。付け合せに胡椒をレモンを混ぜた小皿がついてくれば、貝の先に少し胡椒を付けて、スープに溶かして飲むのもまたツウらしい。店によってはスープにほのかな香りのタイバジルが入っていることがあって、爽やかなレモングラスに甘いバジルの香りがよく合う。
あっさりしたハマグリを食べて、脂ののった魚をレモン塩で食べる。ビールも入れて二人で30万ドン、大体1700円くらい。観光地だからだろうがベトナムにしては高いほうで、ハマグリが前述の通り6万ドンで魚が20万ドン(1250円)くらいだった。でも海に囲まれて育った日本人にとって、ホーチミンからシーフードを食べにここにくるだけの価値はある。
二日目に続く