ノバティカルクロニクル 帰れトレントへ(前編③)
2014/09/09
Mieli Thunという蜂蜜の会社で働いているアンドレアにMieli Thun本社を案内してもらう。
Mieli Thunはイタリアを代表する蜂蜜の会社だ。とても強い香りの蜂蜜で、日本へ持って帰ってデザートを作ろうと思っていたので、英語が堪能なアンドレア引率で本社に招いてもらえるのは本当にラッキーだ。この蜂蜜はパオロがレストランで使っているので、彼のお得意様ポイントを使ってノトが本社案内してもらったという形だ。10人規模の小さい会社で、アンドレアは営業兼マーケティングを担当している。考察の深い、イタリアで会った一番ビジネスライクな人かもしれない。
ビジネスマンのアンドレアには客観的な企業視点から回答してもらいたい質問があった。それは、なぜこの土地にはこれほどまでに零細企業が溢れているのかということだ。
イタリア全土なのかこの土地特有なのかはわからないが、少なくともここには、資金がないのに市場に参入して、大きな利益を上げずに細々と生産を続けている零細企業が多い。結成して力を合わせ何かを作り上げる事の多い日本人から見ると、バラバラと零細農家が散らばって効率悪いまま質の低いものを作る事に改善の余地がちらつく。もしかするとブドウの品種統合を行わずに色々な品種を作り続けている理由の背景に、こういった非協業性というのが存在しているのかもしれないとも思ったりもしている。
しかし実際、ノトの想定は当たらずと雖も遠からずだった。アンドレア曰く、実はこの産業構造はイタリアが抱える大きな問題らしい。なぜかはわからないが、イタリア人は自分の経営手法に固執しやすく、同業他社に対して排他的なのだそうだ。だから家族経営になっていくし、経営も刷新しないし、利益が出ないから追加投資もできないので製品の質も上がらないし、外国市場を含め新たな市場開拓に至らない。スーパートスカーナと呼ばれるワインを広告し市場を開拓し世界に広めたのは、イタリア人ではなくアメリカ人の実業家らしい。アンドレア曰く、イタリア製品の国外市場を作るのはいつも外国人なんだそうだ。そしてコミュニティーを作って市場を開拓するという手法を、特に食の分野に於いて、フランスに多くを学ぶ必要があるというのがアンドレアの意見だ。食産業に於いてはフランスは品質もさることながら、ブランディングに長けているらしい。バーバラも同じ事を言っていた。イタリアワインはブドウの品種が多く色々な味を味わう事ができるが、それは同時に欠点でもある。たくさんの品種が存在することで、顧客がイタリアワインを理解しにくくなるからだ。
たった1ヶ月だが、イタリア人の経営の特徴について、改善点だとノトが思うポイントをまとめてみると以下の3つにまとまる。
1)商品の価値判定基準が個人的
自社製品の商品の素晴らしさについて主張するものの、主張するべきポイントの焦点がずれている。例えばどのように環境に配慮して、どれほどいい環境で育てているかを説明するといった具合だ。そしてその努力は必ず認められて安定的な利益が生まれると信じている。
2)差別化の不足
他社製品と比較して、自分の商品にどういった競争力があるのかという分析が足りていないので、どの領域で競争するのか不明瞭で、結果広告のコンセプトも曖昧になる。
3)企業体系についての固定観念
そして国外市場を開拓し大規模に輸出される製品をProdotti internationale(輸出用製品)と嘲弄する。たくさん生産されるものは手を抜いた悪いもので、いいものや手をかけたものは少量しか生産できないという固定観念があり、世の中に広めようという意思とは無意識に拮抗させている。
つまり早い話が、商売がうまくない。
限定的な生産量のため国外市場への出荷されるに至らないというのは結局どこの国でもあることだが、イタリアはより個人主張が強くまとまりがないことが市場を開くことへの障壁を高めているようだ。そして団結せずにバラバラと零細企業が存続する状態を良い状態とは思っていない事はどのイタリア人からも聞く事だが、ではどうするべきかというところはまだ彼ら自身見えていないようだ。国外市場を開拓する体力の有無以前に、そのパッションや指針がない。この低迷状態は、資本主義が根付いているような国にはなかなか共感しにくいかもしれない。そしてこの仮説に基づけば、生産量の少ない、限られた美味しさを体験するにはこの土地に赴くしかない。というわけで、ある意味イタリアに赴いてのみ体験できる味というのはこれからよくも悪くも、多く、長く存在し続けると思う。そしてその状況は、日本のイタリアンレストランに多くの制限を与え続け、イタリア旅行の醍醐味を残し続けるということでもある。
さて、お前は何様のつもりだと皆さんが思ってきたあたりで話を蜂蜜工場に戻したい。この蜂蜜工場では20種類くらいの花の蜂蜜を作っている。製造工程を順を追って見せてくれる。
併せて蜂がどれだけ賢いかついても教えてくれる。例えば八の字ダンスというのを学生時代習った事があると思うが、その話が出てくる。その八の字ダンス、八の字にまわるだけでなく、筋肉を痙攣させ巣を振動させて、花のある場所の正しい方向を仲間に伝達するのだそうだ。しかも巣板を効率的に振動させるために巣板に貼られていた蜜蝋製の巣礎にわざわざ穴を空けて、巣板が振動しやすくなるようにするらしい。そしてよく働く。働き蜂は一生のうち地球2周分飛ぶ。ものすごく働くため1シーズンしか生きられないらしい。気温が下がる冬は、女王蜂を守るために冬は女王蜂のまわりに繭を作って、その繭を蜂達が振動させて熱を作って温めるんだそうだ。Born to workというわけだ。関係ないがこのフレーズ入りTシャツを作って、システム稼働前のデータ移行チームに配りたい。
ちなみにアンドレアより、ミツバチの生態と養蜂ビジネスと、近年のミツバチの大量死について、”More than honey”というドキュメンタリー映画で取り扱っているから是非観てみろとのこと。日本でまだ公開してないみたいだが、色んな映画賞をとっているし内容が面白そうなので、こういうドキュメンタリーが好きな方は探して観てみてください。
http://www.morethanhoneyfilm.com/
工場を廻った後は蜂蜜のテイスティングをさせてくれる。どれを試食したいかと聞かれるので全部だと答えると、驚かれて、あなたは僕たちの良いクライアントだと喜ばれる。普通は3〜4種類指定されて終わるんだそうだ。でも何が美味しいのかわからない以上、全部テイスティングしないと判断できないと思ったのだ。別に食い意地を張っていた訳ではない。あと商談関係は何も期待しないでほしい。
15種類近くの蜂蜜をテイスティングする。ワイングラスに大さじ1ほどずつ入れて、スプーンでグラスの壁に塗付けてテクスチャーを確認する。グルコースが多い蜂蜜は透明で、フルクトースが多い蜂蜜は濁っている。アカシア(acacia)、オレンジフラワー(arancio)、ローズマリー(rosmarino)、シャクナゲ(rododendro)、タンポポ(tarassaco)、コリアンダー(coriandolo)、アザミ(cardo)、タイム(timo)、ひまわり(girasole)、ライム(tiglio)、ユーカリ(eucalipto)、エリカ(erica)、ベネチア(venezia)・・・結構当たり外れがはっきりしていて、ユーカリはコーヒーや焦がしたカラメルのようなビターな香りがある。どうやって使うのか全くわからない。「僕たちはこの香りを乾燥ポルチーニと表現するんだ。だからこの香りはキノコのリゾットの仕上げにいいんだ。」とアンドレア。ちなみにノトはこの香りを「醤油」と表現し、ライムの香りを「粘土」と表現する。アンドレアがメモする。何に使うのか知らないが参考にしないでほしい。
ちなみにテイスティングした中で、タンポポがダントツ美味しかった。実際にこの蜂蜜の売り上げもこのラインの中では結構いいらしい。黄色っぽくクリーミーなテクスチャーで、白カビチーズみたいな香り、カモミールの香り、花の香りがする。かなり主張が強いので、朝パンに塗るというような食べ方は厳しいと思う。ジェラートかムースかクレームブリュレでダイレクトに味わうのがいいと思う。日本に帰ったらやってみよう(もとい、やってもらおう)。
明日からはフィレンツェとナポリに行く。11月中旬以降のスケジュールはこのフィレンツェとナポリ次第だ。何かいいものを見つけたら再上陸するかもしれない。単身ナポリ再上陸の可能性があるなんて、1ヶ月前、ベネチアのバスでヒヨっていた時代を思うと随分成長したものだ。ちなみに現在のバス利用状況だが、なんとイタリア語で切符を買えるまで成長した。イタリア語にも少しずつ慣れてきた。英語に至っては簡単すぎてリラックスしすぎて眠くなるようになった。
しかし実はノトのイタリア語、未だに使える時制は2つ。現在と未来は全て現在形で、過去は近過去形だけで表現し切っており、まともに過去形と未来形が使えていない。しかし多くの偉人が過去に学び未来を語るように、そろそろノトのイタリア語にも過去形と未来形を取り入れなければならない。
つづく