ノトニクル

ノトがパスポートとクレジットカードを持って世界のどこかをうろつきます。

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ノバティカルクロニクル パドバケーション編 第五楽章 セレナーデ

      2014/09/09

久々の実戦で湿ったボロ雑巾並みに疲弊したノトは、2日間かけて普通の雑巾レベルに回復する。和食パーティーを開催してから、ここの人たちとの親密度が格段に増した。頬にキスして挨拶をするようになったし、話す時の(余計な)ボディータッチも多くなった。
しかし一方で悲劇もある。いいように働かせられたペッペは、気を悪くしたのか連絡をくれない。加えてアルベルト、「僕が君と初めて会った時、I’m not Chineseと言われてこいつはイカれてると思った。」といじってくるようになった。よくも悪くもノトの素性があらわになり、望む望まずに関わらずあるべき関係性が形成され始めてしまっている。それは大地に種が落ちて、根を張り芽を出すような絶対的な不可抗力だということはわかっていた。しかしこんなにも早くその日がやってくるとは。さて、誰が誰とくっつこうが離れようが誰の素性がばれようが、今日もやはり地球は廻り、今日もやはり仕込みが始まる。バケーション中のペッペを欠いて、シェフのリカルド、アルベルト、キッコの3人で仕込みをする。キッコは長くリカルドと一緒に働いている21歳120kgの若手で、相撲ファイターの呼び名を欲しいままにする期待の若手だ。しかしその巨体とは裏腹にキッチンを最も軽やかに舞っている。キッコは誠実で、実直な働き方をする、ピュアでイノセントな若手で、周りが盛り上がっていても適当に受け流してコツコツと作業する。チームにいたら大切に育てたいと誰もが思うタイプの人間だ。青田買いで有名なノトは本能的にキッコに目を付け仲良くなろうとする。挨拶だけは完璧だが、キッコは強烈な方言しか話さないし、ノトはイタリア語をほとんど理解しないのでそこにコミュニケーションが成り立ったことはなかった。しかし事件は起きた。
ある時、アルベルトがいつものように「パドバにいる限り俺らみたいな馬鹿(stupid)にしか会わないぜ!わりーな!」とキッコをどつきながらふざけていた。
するとキッコがくるっとノトのほうを振り向き、叫んだ。I’m not a stupid boy!

キッチンが静まり返る。いや、レストラン中が静まり返る。
キッコが英語をしゃべった・・・!
クララが立った瞬間を彷彿とさせる場面。未曾有の事態への困惑と、それを追うようにして驚嘆の衝撃が、この小さなキッチンを爆心地にしてパドバに広がる。コック達のテンションは頂点に達する。リカルドが、「オーマイティディベア〜!」とキッコに飛びつき(最大瞬間重量220kg)、アルベルトがせわしなくキッチンを歩き回りながら”マンマミーア! I’m not a stupid boy!!”を繰り返す。キッコは照れながらもホームランを打った少年のように晴れやかな顔をしている。幸せの形は色々なのだ。

このクララ事件を境に、キッコはノトにつたないながらも英語で話しかけ(かつ仕事を振)るようになる。英語を全く話そうとしなかったキッコが、どこの馬の骨とも知らぬノトとコミュニケーションを図るようになったのは、多分和食パーティーの効果だろうと思う。ノトは星の付くレストランで修行してきたコック4人に精一杯の誠意を見せたのだ。コックを含む10人を素人がサーブするのはどれほど無謀な挑戦かキッコにはわかるのだろう、彼に何か訴えたものがあったのかもしれない。(もしくは格下のスタージュだと思ったか)

パーティーが無事に終わったからこそ言えることではあるが、ノトがハイリスクの無謀な挑戦を買って出たのは、料理を振る舞うということが純粋な愛情表現だと思っているからだ。料理を振る舞うという行為は、相手の好物は何か、どんな食べ方が好きか、どのくらい食べられるか、準備から食事が終わるまで様々な配慮を要する。レストランでない限り、おいしいかどうかというのは二の次だ。愛情を形にして、それを共有することにが最大の目的でありゴールなのだ。家庭の味というのはどんな星付きのレストランよりも勝るとは多く語られることだが、そこにはそういった配慮からくる無償の愛が確実に存在し、それが食べている側の心に深い感動をもたらすからだと思う。

さて、仕込みも終わりランチタイムだが、今日はランチを食べずに一度レストランを出て、ディナータイムに戻ってくる。初めてここでディナーを食べる日なのだ。
ディナーまで時間があるのでパドバのダウンタウンまでバスで移動する。
レストランで偶然会ったアレッシアのお母さんにダウンタウンまでどうやって行くのかと聞かれ、バスだと答えてえらい褒められる。ノトが一週間前に初めてのバス乗車に惨敗し、ホテルに戻って来た時の保護者の一人なのだ。すごいわね、本当にすごいわ、と褒めちぎられる。ノト個人的には確かな成長ではあるのだが、素直に喜んでいいのかわからない。

ダウンタウンに到着し、気になっていたカフェに入る。CAVOURという老舗のカフェだ。一口サイズの小さなケーキやデニッシュパンがたくさんある。
ピスタチオのブリオッシュとピスタチオのシュークリームに目を付ける。ノトはピスタチオに目がないのだ。GROMのジェラートを3つ、全てピスタチオでオーダーするくらいピスタチオ狂なのだ。
オーダーするものは決まったが、どのようなオーダーシステムなのか全くわからない。とりあえずつたないイタリア語で目の前のお姉さんにオーダーして(通じた!)お金を払う。食べ物を席に持って行こうとすると止められ、サービススタッフが持って行くからあっちに座ってろと(ジェスチャー付きで)言われる。言われるままテラス席に座っているとスタッフがオーダーした品を運んできてくれる。伝票の一つも作らないでなぜ間違わないのか甚だ疑問だ。
さて、未だにオーダーシステムが理解できていない昼下がり、まずはブリオッシュから。これがすこぶる不味い。日本のスーパーのパンコーナーに売っている8個詰めのしなびたクロワッサンに、無脂肪牛乳で作ったカスタードクリームを申し訳程度につめて半日忘れて放置してたみたいな味がする。ピスタチオの味は全くしない。

シューのほうは更に悲惨だ。ピスタチオの味がしないことは言うまでもなく、中のクリームがなぜかざらざらしている。我らがセブンイレブンのクリームパンを食べさせてやりたい。ここで4ユーロで売っても売り切れ続出だと思う。あのコストパフォーマンスを見せつけてやりたい。

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イタリアに来てから、これはすごく美味しいというデザートに出会ってない。ティラミスさえ、原価は倍以上違うだろうが日本で食べるものとそう変わらない。外国でおいしいデザートにありつくのは難しいのだろうか。これまで海外で食べておいしいと思ったデザートはフランスで食べたレモンタルトくらいだ。強烈な酸味と強烈な甘味でものすごい強い印象だった。作り方はとても簡単で自分でも時々作る。カスタードクリームを作る要領で牛乳の代わりにレモンの汁を大量に使ってレモンクリームを作り、あらかじめ焼いたタルト型に詰めて冷やす。コツはジューシーでおいしいレモン汁とレモンピールを使うこと、一日寝かせてしっかり固め、タルトと一体化させることだ。このタルトの酸味は強烈だが、敢えてクリームで緩和しないほうが個性が生きる。だから重い料理の締めに、小さなポーションで出すと結構いいと思う。タルト台を全粒粉のような風味のある粉で作って、大きめのポーションでランチ代わりにしてもいい。

さて、昼下がりのパドバピスタチオ祭は散々ではあったものの、どんなに落胆させられてもノトはピスタチオは日本パティスリー界の次世代を担う輝ける原石だと信じ続けている。おいしいピスタチオは信じられないくらいおいしい。これまで出会ったピスタチオを使った料理でおいしかった記憶があるのは、高校のときに食べたどこかのピスタチオクッキーと、(今はどうかわからないが日本上陸初期の)GROMのピスタチオアイスだ。共通していることは、ローストしたピスタチオがふやけておらず、かりかりした食感とピスタチオの豊かな香りが生きていたことだ。フランス菓子ではピスタチオペーストを多用するのでフランスに行った時にピスタチオを使ったお菓子を見つけるたびに食べたが、ほとほと残念としか言いようがなかった。名のあるショコラティエのピスタチオペースト入りチョコレートもさんざん食べたがもれなく不味い。人工的な甘ったるい味がするのだ。高いポテンシャルを持つ食材をこんなふうに貶めるなんて、ピスタチオを贔屓にしているノトにとっては彼ら(ピスタチオ)が不憫でならない。シシリア人をほのめかしてピスタチオをシシリアから安定生産・安定輸入できる会社が発足したらノトはその会社の筆頭株主になりたい。

ピスタチオ同様、ヘーゼルナッツも次世代を担うエースだと信じている。ヘーゼルナッツのチョコレートがおいしいことを認識したのは小学6年生のとき、その後それをジャンドゥーヤと呼ぶことを知ったのは、高校生の時に初めてゴディバを食べたときだったと思う。その塊がヌテラだと知ったのは大学の時で、それ以降ヌテラを、コカコーラ、味の素と並ぶ、人類の英知が生み出した完成された加工食品の一つだと信じてやまない。

ピスタチオ事変に心を痛めながらレストランに戻って来たのは6時くらいで、食事にはまだ早いのでバーで飲んでいることにする。ブブという名前の全身タトゥーでスプリットタンのバーテンがカクテルを作っている。噂には聞いていたが初めて会う。舌を見せてくれとちょっとリクエストをすると、照れてはにかんでスプリットタンを見せてくれる。見た目と行動が全然一致していない。若かりし頃に全てのアウトローたる衝動をタトゥーで己の体に封印したのだろうか。

見せてくれた舌、本当に分裂している。スプリットタンを初めて見たノト、なんのメリットがあってそんなことをするのか甚だ疑問だったのでグーグルで調べると、「爪楊枝が挟める」とYahoo知恵袋の回答にヒット。なるほど、爪楊枝か。しかし爪楊枝舌で挟んだら本来の使い方できないのではないだろうか。そもそもイタリアに爪楊枝はあるのか。

ノトがスプリットタンにおける爪楊枝の考察を巡らす間にも、ブブはパレットでキャンバスに油絵の具を重ねていくように丁寧に滑らかに、一つ一つの素材をグラスに重ねて行く。モヒートを作っているようだ。と、ブブ、出来上がったモヒートを、ノトの前に置く。なんと、ノトがオーダーする前からノトの好物がモヒートであることをアルベルトに聞いて作り始めていたのだ。ありがとうブブ、完璧だ。ここでは、朝のメイクと服選びの対価を大抵誰かが払ってくれる。

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さてモヒート、グラスの内側に貼付けたスライスしたキュウリの青い香りとフレッシュのショウガの香り、スプレーで軽く吹き付けたベルガモットの香りがフレッシュミントの抜けるような香りと相まって、柑橘系のエッセンシャルオイルに刈り立ての芝生の香りをちょっと混ぜたような、苦みと奥行きのあるさわやかな香りに仕上がっている。使っている氷が空気を含んでいて溶けやすいので、純氷を使えばもっとよくなると思うのだが、イタリア人はお茶代わりにワインを飲むくらいアルコール耐性が強いので、そもそも氷が溶けるくらいゆっくりアルコールを飲むというケースを想定していないのかもしれない。

食前酒も入ったところで、料理に移る。
シェフのリカルドにおすすめをきいたところ、牛肉のタルタルとグリルしたチキンということだったので、半分ずつのポーションで作ってもらう。
結論から言うと、この日食べた料理は、「この料理を食べにイタリアに旅行に来ていい」と思うほどおいしかった。どちらのメニューも厳密なイタリア料理と定義されるものではないかもしれないけれど、どちらも味が単純で直接的で、絶対的な旨味があって強烈な印象を残す。実はここのレストランは日本にいたときから美味しいと知っていたわけではなかったので、これだけ美味しいものに出会えてラッキーだとすら思う。
牛肉のタルタルは、やわらかく脂肪の少ない赤身をひき肉にしたものに、みじん切りにしたアサツキと塩こしょう、マヨネーズ、ウスターソース、タバスコ、醤油で味付けしてよく練りまぜて仕上げる。しっかり混ぜて空気を抜き、しっかり酸味を効かせた自家製のマヨネーズをひいた皿に盛りつける。ねっとりとした食感に醤油のコクが足されて、そこに軽い酸味とあさつきのフレッシュな香りが相まってすこぶるおいしい。ユッケが好きな人は絶対好きな味だ。

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チキンは、皮目をよくグリルしてかりかりに仕上げた後、スチームオーブンで15分程度火を入れ柔らかく仕上げている。そこに茄子のクリームを合わせる。茄子のクリームは生クリームを入れてないが、低温のオーブンでオイルを含ませじっくり蒸し焼きにした茄子の皮を剥いて、オリーブオイルとタイムを入れてミキサーにかける。完全なピュレにして、エスプーマに入れて温めておき、オーダーが入ってから皿に絞り出す。温かく、ふわっとしたムース状のクリームが出来上がる。そこに先ほどのチキンを浮かべる。
茄子のクリームは若干重いので、軽めに仕上げたもも肉がとてもよくマッチする。日本人向けなら、皮付きのムネ肉くらいの軽さに仕上げても好きかもしれない。

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この時リカルドが使っていたタイムはシシリアの友達から送ってもらったもので、最初はタイムなのかと疑うほど、香りが全く違う。ジャスミンやラベンダーの花のような甘い香りがする。過小と過多しか判別できないノトでもはっきりした違いを感じることができるくらい違う。リカルド曰く、シシリアの食材が優れているのは日照量が格段に違うためらしい。もしタイムに生まれ変わるならシシリアで生まれて、素晴らしい香りだと愛でられながら(料理に)散りたい。

この日レストランは夜10時からライブコンサートがあり、満席な上にみんな立ち上がってライブハウスさながらの状態になる。
そんな中でもキッコは一人、キッチンで一人軽やかに舞い、調理器具をピカピカに磨き上げていく。アンドレアが書いた”gino’s(レストランの名前) loves Japan”の紙を嬉しそうに持ってピースをする。アルベルトはいい人材を見つけたなあ。

IMG_0158ピュアでイノセントなキッコ

IMG_0091チャーミングなアンドレア

帰りはアルベルトに送ってもらう。道中アルベルトに、私はキッコのような人(人材)はとても好きだ、彼のような人材は若くして傷つけられてダメにならないように大切に手をかけるべきだと語る。(何様)と、アルベルト、自分ももちろんそう思うし、リカルドやベッペ含め、素晴らしい人々に囲まれていることをとてもラッキーだと思う。
気づきの多い、素晴らしいディナータイムだったとお礼を言って、解散。

しかし正確な情報の伝達とはなんと難しいものなのだろう。
翌日には「チエミはキッコが好きらしい」と噂になっている。アルベルトに何デマ流してるんだと言うと、「昨晩言ってたじゃないか」。昔はクソガキだったと噂に聞いていたが、なるほど、三つ子の魂百までとはこのことか。
アルベルトの悪戯をモグラたたきのように叩き潰すノトの苦労をよそに、キッコは嬉しそうに照れてはにかんでいる。
ノトはアルベルトの冷やかしをいちいち止めないでおくことにする。世の中には様々な形の幸せが存在するのだ。
そしてこの状況を放置するこの決断を、私は必要悪と呼びたい。

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つづく

ベッペ先生の今日のイタリア語
vecchio:古い、おっさん

 - ノバティカルクロニクル, 料理