ノトニクル

ノトがベトナムのどこかをうろつきます。

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突発性難聴で入院した話

      2019/03/25

ここ1ヶ月で風邪に胃腸炎に歯痛と、厄年ですかってくらい災難に見舞われている。

治外法権だと言って厄年に厄払いに行かなかったので、今更になって日本厄管理局があいつの態度は不遜だと、マルサの課税ならぬ課厄にかかってるのかなと思ってるのだけど、その流れでか知らないが先日突発性難聴になった。

ある日起きたら右耳が曇ってかつ耳鳴りがあった。「ホーチミン 耳鼻科」で調べたらファミリーメディカルプラクティスが定期的に「ルアン先生」なる医師を呼んで耳鼻科診療をやってるらしく、ちょうど定期検診日だったので電話して予約を試みてみた。しかし電話がなかなか繋がらないので電話番号を別ページでよくよく確認したら、HPの電話番号が間違ってて知らないおじさんに掛けまくっていたことが判明した。気を取り直して正しい番号で電話したところ繋がった。30分後しか空いてないというので急いで向かった。

「ルアン医師の定期検診」というのでてっきりフランスあたりのイケてる先生かと思ったら、ベトナム人の医者が出て来た。ベトナム人医師でも良いのだけど正直当たり外れが大きくて、かつ当たりが1割くらいなのでちょっと名前負けだよなと思った。そのまま診察してもらうのだけど、小道具使って聴力調べた後にやっぱり高音部が聞こえていないことが判明する。それで何か対処してくれるのかと思いきや「なぜ聞こえないんだ!?」と逆質問されて私は困り果てる。でも突発性難聴じゃないから大丈夫 −これすら間違っていたことが後々判明するのだが − と断言される。一応精密検査に行けとのことで他の検査機関を紹介される。特に仕事してないのに要らない胃薬を処方されて100ドルも取られる。(これはベトナムでは結構高い、ローカルの10倍くらい)

指定された検査機関はCat Thuong補聴器センターという、どローカルの補聴器ショップだった。あの医者、ここは医療機関ではないぞ、検査できればどこでもいいと言う話ではないだろう、眼科に行ったら眼鏡屋で視力検査してこいというのが有りえないのと同じように。でも私には他に選択肢がないので、とりあえず入ってDr.ルアンからもらってきた紹介状を渡す。日本語ができるお姉さんがいて、つたない日本語で何しに来たのだと聞いてくる。Dr.ルアン、全然紹介になってない。情報連携くらいしとけよと思う。しかしここでそんなこと言いだしてもしょうがないので気を取り直して、Dr.ルアンに診てもらったらここに行きなさいと言われたと説明して、無事検査が始まる。健康診断の聴力検査のボックスのような遮音のブースにオージオメーターが置いてあって、その中で精密検査を行う。

ところが検査者以外に2人の女子がお手伝いとしてブース内にいて、ひそひそおしゃべりしている。検査者のほうは構わずどんどん検査音を鳴らしてくる。おしゃべりうるさいと言う隙もなくビープを鳴らしまくってくるのだけど、私がコントローラーを押す毎に、この女子二人は「あー残念はずれだわ」みたいな顔をして首を降ったりしている。「ニャンワー(早すぎ)」とかいちいちひそひそコメント入れてくる。それだけならまだしも、頻繁に外からドア開けられて別のスタッフ業務連絡が入る。しびれを切らして思わず「うるさいです」と言ったら注意してくれるようになったのだけど、患者がうるさいって言わなきゃいけない聴力検査って検査の体をなしてないような気がする。検査結果もかなり怪しい。

検査精度は不明だが一応検査が終わって待っていると、検査担当の女の子が今にもご愁傷様ですと言いだしそうな深刻な表情で、どうしてこの医者に初診にかかったんだと聞いてくる。これまでの経緯を話すと、こんな症状がわからないなんてとんでもないヤブ医者だから、その病院に戻らないですぐに大きな病院に行って10日間入院したほうがいい、ベトナムでは普通そうすると言い出す。入院?そんな大げさな。ちょっとした耳鳴りだよ、「入院」なんて日本語訳間違ってるんじゃないのと疑う私。そんなダイレクトに言わなかったが、私が疑ってることを察したこの女子は、自分じゃ説得できないと思って奥の診察室に私を連れて行った。そこにはマーガレット・サッチャーみたいな厳格そうな女帝もとい女医がいた。そして「早く治療しないと右耳が聞こえなくなる、大きな病院を紹介するからすぐ行け」と補聴器設計で居合わせた関係のない他人5名の前で長々と説教され、すぐにアクションとることを公開コミットさせられる。

女帝怖さにほとんど思考停止状態で、すぐに件の大病院に行くことにする。一人じゃ心細いので我が従兵たる旦那さんと娘を呼び出して一緒に連れて行く。女帝イチオシの大病院、どんな立派な専門機関かと思ったら、3年半前にも来た懐かしの建物だった。かつては廃墟の病棟みたいな病院だったのだけど若干綺麗になってて、今は既存の廃墟を活かして”Neo廃墟”みたいな趣に仕上がっていた。しかし依然として英語表記とかはもちろんなくて純ローカルで、私にはどこが受付なのかすらわからない。女帝に他意はないんだろうが、ここに右も左も分からない日本人送るのは、患者側の利便性考えたらどうなのだろうと正直思った。女帝だから卑き平民の都合なんて関係ないんだろうけど。今回に限っては旦那さんがいたので私は問題なかったが、普通の旅行者とかだとまず無理だろう。

受付を済ませると、最初にスクリーニング工程みたいなものがあった。3畳くらいのタコ部屋に医者2人がいて、次から次へと診察してここに行けあそこに行けと後工程の指示を出す。この医者の一人が、あなた元経理部員ですかってくらいの超高速処理で、X線写真右手で持って見ながら左手はブラインドでタブキー駆使してカルテ入力して、患者1人1分で処理している。自分の番がやってきて、(残念ながら)経理部員じゃない方の医師にこれまでの経緯と検査結果を説明すると、念のため一度聴力検査しろとのことでまた聴力検査を行うことになる。そしてやはり右耳が聞こえてないことが証明されて、その結果をじゃないほうの医者に持ち帰ったらやはりすぐ10日間入院しろと言われる。

大げさなと思いつつも緊急入院扱いになって、緊急受付センターに連れて行かれる。そこにはコードブルーに出てきそうな、三枚目だけどめっちゃ仕事は出来る風の医者と6人くらいの研修医みたいな若者たちがいた。私は真ん中の丸椅子に座らされて、医者の卵だかひよこだかに囲まれて、症状や病歴についての同じ質問を入れ代わり立ち代わり3回聞かれた。この情報連携のなさすごいと思いながらも、この「怖い先輩に見張られながらお客さんに頑張って質問する新人」の風景がまんまコンサル業界のOJTで、とても応援したい気持ちになった私はきちんと3回敬意を込めて回答した。このローカル病院では外国人の患者対応経験は貴重だろうしね。そしてきちんと3回、「突発性難聴だからすぐ入院してください」と診断をもらった。今日は1つ善行を積めたと温かい気持ちになった。うちの坊さん(部下)に社会的奉仕に勤しむ鬼上司の背中を見せたいと思った、怖いだけじゃないんだぞとね。

温かい気持ちを抱えたまま、いよいよ入院手続きと病棟に案内された。そこはNeo廃墟とは別棟になっており、懐かしの廃墟的病棟だった。ここに入院するのはちょっとなぁと思ったが、ここで入院しないにしても今のままでは次のアクションが判断できないので、とりあえずVIPルームの用意や転院可否も含めて受付に聞いてみることにした。

病棟の受付にはパッツンパッツンのナース服を着た、画的にという意味でジョジョに出てきそうな、頭悪そうな看護婦がいた。そしてすごく不躾な感じで「空きのベッドはない」と言い放った。先ほど貴院にて4回、本日通算6回、緊急入院しろと言われてここにたどり着いたのにそれはないだろう。新人じゃないんだから新規入院患者の経緯把握くらいしろ、目の前の事象の伝達だけすんな!と、温かい気持ちは一気に冷めた。(私デフォルト)しかしジョジョは「無い袖は振れない、空きベッドはないからシングルベッドに他の患者と二人で寝ろ」と言う。いやいやちょっと待てどこのシャ乱Qかっての。ベトナムローカル病院的にはベッド1台に二人は一般的だが、さすがに私にそれは無理だ。心の広い狭いの問題ではなくて、もはやこれは日本人女性としての尊厳に近い。突発性難聴は治るかもしれないが精神がいかれてしまう。

 ホーチミン市内に転院できる病院はないのかジョジョに聞いたら、「突発性難聴を扱える耳鼻科はここしかない」と強く断言する。すごい自信持って言うけど、このジョジョに外資系病院なんて縁がないだろうから思い込みだろうと思って、一応FV Hospitalに電話したら案の定普通に、しかも常勤で耳鼻科があった。突発性難聴で入院も出来ると言う。出たよベトナムあるある番狂わせ。最初のヤブ医者のコマから1日無駄にしてしまった。あの野郎私の時間(と会社の金)を返せ。

6回も緊急入院とは言われたものの、発症から48時間以内に治療開始すればいいと言うことで、翌日FV行くからとジョジョと別れて帰路につく。振り回された長い1日が終わった。

翌日FV hospitalに行く。五つ星ホテルかというくらい綺麗な受付で、取るに足らないが失うことはできない日本人女性としての尊厳を取り戻す。7回目の突発性難聴の診断を聞く。もはや言われる前から入院に対する心の準備は万端である。するとここでは治療方法として2種類提示される。「2日に1回鼓膜注射」か「入院5日」を選べとのことだ。鼓膜注射って何怖すぎ、耳に針なんて拷問シーンでしか見たことない、入院しますと、入院を即決する。

 あとは寝て治すだけだやれやれと思って、仕事を上司に押し付けて、入院受付で入院申込書と保険キャッシュレスサービス申込書を書いて、念のため保険会社にキャッシュレスサービス連携依頼の電話をした。すると「3年前の耳鳴りと関連性が認められれば保険料は支払われないかもしれない」と言われた。経緯を説明すると、私は策略的に物事を考える力が足りなくて聞かれたことをバカ正直に答える単細胞なのだけど、(それが商談では致命的なのだけどその話は置いておいて、)今回もキャッシュレスの申込書にバカ正直に「3年前に同様の症状」って意気揚々と書いたわけです。そしたら保険会社が、「契約期間外に起因する病気だと保険は払わない」と言っているわけですね。そりゃもちろん異論はないし大正解、私の告知義務も、要らない情報含めて無駄に150%くらい履行してると考えれば、保険申請のお手本になりそうな健全なやりとりではある。しかし異国の地で入院というだけで心細いのに、バカ正直が災いして(多分)事務的に冷酷に保険金を払えないかもしれませんと言われると、自分のバカ正直さへのショックと、信頼してた味方に裏切られたような(懇意の仕事仲間がやってくれるようにバカ正直を汲んでくれないという点も含めて)動揺と失望の気持ちでいっぱいになる。今回の入院は金額的には多くても20万円とかだろうから自腹になっても別にいいけれど、それ以上にこのタイミングで梯子外しですかというショックが大きい。肝心なところで助けてくれないなんて酷いという100%ただの感情論である。でも感情だって大事、この動揺によるストレスで病状悪化するかもしれない。それに仮にこれが欧米でもうちょっと重い病気だったら、医療費が数百万とかで、人生計画狂うことだってありえなくない。

 海外に住むにあたり、家族という最も大きなサポーターを筆頭に日本国、親族、会社、個人保険と、何重もの実効性のあるバックアップで自分という個人が保護されていると思って安心しがちだけれど、各保護膜には多くの管轄外があり、改めて異国に住むリスクヘッジの重要性と難しさを思い知ることとなった。

2時間ほどすったもんだのあと、自腹になるかもという条件付きで無事入院した。自腹を切る覚悟も出来て諦めがついて、良くも悪くも気分が落ち着き、これで一安心と思ったら夕飯に生焼けハンバーグが出て来た。これはちょっと前に日本で流行ったいわゆる生ハンバーグの類だろうかと推測してみたりする。しかしベトナムで、ましてや病院食にで生ハンバーグはやはり攻めすぎだと思い、かつ投与中の薬の副作用に”胃潰瘍”とすらあるので絶対お腹を壊すと思って、看護婦に「生肉はいろんな意味で食べれませんよ、変えてください」と伝えた。そしたらちょっと迷いながらもこりゃ生焼けだと思ったのだろう、別のメニューに変えてくれることになったのだが、1時間待っても別の食事がやってこない。それで別の看護婦に催促してみたところ、「これ焼けてる、食えないなら付属の牛乳でも飲め、別の食事にするなら追加料金」だと逆ギレされる。そんなひどい対応はローカルでもなかなかない。「いやこれ生でしょ、こんなの食べれませんよ」と言っても「なら牛乳飲め」の一点張り、そして部屋を出て行ってしまう。あっけに取られて、こんな相手自分じゃどうにもできないと思い、ちょうど荷物を持ってきた旦那さんに言いつけたら、旦那さんが高圧的に文句を言いに行ってすぐ変えてもらえることになった。

結構生だ

 旦那さんが言うに、さっきのスタッフ含めここの病院のスタッフはローカル病院からの採用も多いので、年上になればなるほどローカル式の患者対応を変えられないのだと言っていた。(先の看護婦は40くらいだった)たしかに義母が入院した時も、一刻を争う心臓疾患なのに病院側がなかなか処置をしなくて、旦那さんが「別の専門医にセカンドオピニオンをとった、対応遅延で重症化したら訴訟を起こすぞ」と担当医を脅していた。サービスの品質が全体的に低い上に、倫理的責任をベトナムで期待することは難しい。それは必ずしも工数的な問題でもない。みんな根は明るくていい人だが、”困った人を助けよう”という社会全体における倫理的責任の風潮は実は結構希薄な感じがする。特に人との繋がりが少ない都会だとそういう風潮があるように思う。(その代わりベトナム人は家族・親族のつながりが異常に強い。親族、その次に利権を優先する)

 そのように自分の身は自分守らなければならないという環境事情もあるのか、旦那さんはクレームの時結構人相が変わって怖くなる。反論の隙を与えず大声で相手を追い込む。私なんかは意外と喋ることを考えてからでないと発言できないので、スラスラ怒鳴ることが下手なのだけど、旦那さんは文言用意してたんですかってくらいスラスラクレームする。自分一人じゃ相手にされない時は自分のところのスタッフ連れてきて、頭数を増やして怒鳴り込むと言っていた。それはただのヤクザだよと言ったら、ヤクザは結構海外で”かっこいいマフィア”と勘違いされているところがあるので逆に喜んでしまって、将来のモンスターペアレンツフラグが立ったようだった。喚くは害だが役に立つ・・・ベトナムではヤクザ要素も生き抜くためには必要悪のようだ。

初日の夕飯は酷かったがその後は問題もなく過ごしている。子供に会えないのは寂しいが、久々に自由な時間を持てて、優雅にパックしたりケーキ食べたりこの記事書いたり入院生活謳歌してる。でも調子に乗って痛い目を見ないように、残りの日も謹んで過ごしたい。

そして最後に謝らせてもらうと、知ってる風に引用したコードブルーも逃げ恥もジョジョも、観たこと読んだことはない。

 - ベトナムをゆく

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