ノトニクル

ノトがベトナムのどこかをうろつきます。

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娘の1歳誕生会 ③蓋を開けてみたら誕生日会ではなかった

      2018/11/01

娘の誕生日会に向かった会場は自分の結婚披露宴会場だった。

これはサプライズでもなんでもなく、単なる”ちょっとした手違いだった。

なんでも、お店側には

「結婚披露宴

および

誕生日会」

のセッティングを依頼していたのだが、店側が一行目しか読んでいなかったので結婚披露宴だけになってしまったとのことだ。どんな理屈だよと思うが、この程度ならベトナムではよくある手違いの一つであり、今に始まったことではないのだからあらかじめ確認しないほうも悪い。それに目くじら立てて怒ったところで店側が逆切れするだけで誰も幸せにならない。誕生日だろうが披露宴だろうが飲み食いできれば無問題、まぁ気にせず楽しくやろうやということとなる。

ところでなぜそもそも「結婚披露宴」が目録に入っていていたかというと、これはかつてから”披露宴(単体)の開催”を私が拒否していたため、苦肉の策で誕生日会と合同で開催することにしたということだった。合同とはいえ結婚披露宴なら私が主賓にならざるを得ないんだから事前に教えるのが筋だろと言うと、事前に言ったら私は拒否して参加しないだろという。確かに。つまり今日のこの結果は、見栄を重視する義理実家と嫁の強烈なワガママの対峙の結果であったというわけだ。それで義理実家にそそのかされた旦那さんが強硬手段に出たわけだ。でもまあ目くじら立てて怒るほど取るに足るものでもないし、むしろこちらが耳を貸さなかったから向こうが強硬手段に出ざるを得なかったという点を私は反省しなければならない。そういうわけで私にしては珍しく黙って折れて、静かに結婚披露宴に参加したのでした。強い産業がない地方ほど古臭い見栄を張るのが重要だったりするし、私もたまには一定の理解を示そうではないか。でも次があるかといえば断じてない。

そういうわけで、私は自分の結婚式披露宴だと知らずにカジュアルな格好でやってきたので、化粧といえばフラッシュたいたら顔のパーツがとぶような薄化粧だったし、髪型も”寝癖がない”レベルにしか整えていなかった。旦那さんは気にしなくていいと言うが、いや気にするし気にすべきだし寧ろあんたも気にしろと思う。しかし200人のお客さん前にぶつくさ小言を言うわけにもいかないので、おとなしくにこやかに壇上に立つしかない。

結婚披露宴だけあって、シャンパンタワーもケーキ入刀もやらなければならなかった。ちなみにこれはどちらも私が自分主導で開催した結婚パーティーで、こんな昭和臭いもの誰がやるかと目録に組み込まなかったパフォーマンスだ。しかし図らずもアクシデントでやることになってしまった。

シャンパンボトルの中身は皮膚に着いたらなかなか落ちない謎の赤い液で、ドライアイスのスモークすらかかっていない(ダクノンにはドライアイスを冷蔵できる設備がないのだろう)。子供を腕に抱え、震えるもう片方の腕でグラスタワーにドボボボと注ぎ入れる。2段目まで注いだ時点で、写真は撮れたからもうオーケーとなる。写真を撮るためだけのパフォーマンスとはいえ、「幸せが満ち溢れていきますように」という意味合いのシャンパンタワー、2段で終了では目的達成には少しばかり心許ない気もする。

このあとケーキ入刀である。しかしここで出てきたケーキが普通の円形の誕生日ケーキのサイズで、入刀のナイフもケーキについてくるプラスチックのペラペラのやつだった。ゲストに配らないことはもちろん、おそらくゲスト側からは私たちが何をやっているのか見えすらしていない。しかしここはベトナムのダクノン、ケーキにナイフを刺すことに意味があるのであり、それがどんなケーキでもどんなナイフでも構わない。ある意味ケーキ入刀の形式性を極めている。

私としてはこんな意味のない無駄なイベントに自分の時間を割くことも、他人を巻き込むことも不本意なのだが、案外こういう素人パフォーマンスは誰も見てないし、実際誰も見てなかったのでそれはよかった。不本意なうえに他人に迷惑までかけていたら救われない。

壇上でのパフォーマンスはこれで終わりだったが、次は各テーブルを回って写真撮影しなければならない。これもゲストにとってはただの迷惑で、新郎新婦側の写真目的のためだけに食事を中断させられる。いやぁホントにすいません、でも私も巻き込まれている側なんです。ピッタリしたアオザイを着ているのでビールをヤケ飲みするわけにもいかない。半期でとは言わないが少なくとも四半期で最も辛い苦行である。

一通り写真を撮り終わると、娘に食べさせるご飯がないというので、離乳食を作りに旦那さんと義理実家に戻ることになる。新郎新婦が抜ける結婚披露宴、もはや何の宴なのか不明である。子供におかゆを作って食べさせ、会場に戻ったら既にほとんどのゲストが帰っていた。床は台風の後のようにビール缶やらスイカの種やらが散乱している。旦那さんは会場での食事を食べ損ねた私に残った残飯を食べさせようとする。犬か。

こうして誕生日会もとい結婚披露宴は終わった。〆て約20万円、もちろん義理両親が払ったわけだが、下世話な話ご祝儀で全額賄えて、このイベント関連全体で自己負担があったのはうちで借りたレンタカーだけだった。つまりプレミアムエコノミー気取りでのこのこダクノンまでやって来てからの義理実家の意向にさんざん振り回されたというわけだ。しかし不思議に腹が立たないのは、言っても家族だし持ちつ持たれつという意識からなのか、ディープなベトナム文化への個人的な慣れからなのかはわからない。

 

このイベントが終わってしまうと、あっという間にいつもの平穏な日常に戻った。さすがに疲れて昼寝をして、3時ごろに起きると皆がドリアンを割っている。かれこれ通算4年ベトナムにいるが、これまでドリアンシーズンにちょうど日本にいたりしていたのも手伝って能動的に食べることはなかったのだけど、今年はシーズン中に至るところでドリアンを見かけて、また周りの人たちが熱心に買っているのを見て、そんなに美味しいものだっただろうかと少し興味をそそられていた。旦那さんの実家の庭にはドリアンの木があって、木からもぎたてのドリアンを食べることができる。ドリアンも実は鮮度が大事だそうで、確かに新鮮なドリアンはぱりッと張った薄皮の中に、ナッツ風味のクリーミーな果肉がむっちりと詰まっている。ここで食べたドリアンが思った以上に美味しくて、この日ドリアンの美味しさを認識することとなり、晴れてドリアンデビューをした。この後1か月くらい毎日ドリアンを食べていた。美味しいというよりもはや中毒のようだった。思うにベトナム人にとってのドリアンというのは、ポジション的には日本人にとってのウニみたいなものかもしれない。濃厚でクリーミーで味わい深く、年中たくさん食べるものではなく、一部の人に熱烈に好かれ、また一部の人に猛烈に嫌われ、鮮度命でシーズンがあって産地限定。価格帯も高価。そういえば棘まで一緒だ。

↑裏庭のドリアン

結婚披露宴から急にドリアンの話になったが、実際こうして波乱の一日は幕を閉じた。結局娘の1歳の誕生日会ではなく、単なる結婚披露宴だった。あれから4か月たつが、思えば1歳の誕生日会はいまだやっていない。

 - ベトナムをゆく

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