ノトニクル

ノトがベトナムのどこかをうろつきます。

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管理職になって苦労してたけど多少道が開けてきた話

      2021/07/24

私は新卒からコンサル会社に入ったのだけど、10年くらい前のコンサルはいまよりもっとブラックで、長時間労働は当たり前だったしパワハラも当たり前だった。当時のコンサルは面接のときに「圧迫面接」されるのがお決まりだった。コンサルの中でも特に、日本にコンサルティングファームが進出してきたあたりからのキャリア組は、ジェラルミンのアタッシュケースにクロムハーツのゴッツい指輪してギラギラしてる感じのインテリヤクザみたいな人ばっかりだった。今でこそパワハラはコンプラ違反になるからそういう古のコンサルは絶滅危惧種になったけど、新卒の時はそれこそうよいよいてそういう人たちにしごかれて育ったので、三つ子の魂百まで、若手の習慣シニアまでじゃないけど、私もわりとコンサル特性を持つようになった。

日本の職業の中でもコンサル職は一応激務扱いで、長く続けられないというのはよく言われることだけど、長時間労働になるかどうかはさておき指定された期間に指定されたものを必ずやり切らなければならないので、必然的に若手への指導は厳しくなる。私も何度か非常に厳しい指導を受けてやっとまともな社会人⇒コンサルになった。ところがそのコンサル特性から最もかけ離れているのがベトナム人気質で、まだハノイはましだけどHCMCなんか全体的にゆったりしているので、納期に間に合わせるようにしごくというのは至難の業だ。まだ女性はしっかりした人が多いので救いがないわけではないのだけど、男性は総じてコンサルに必要なキャリアに対してのギラギラした意欲みたいなのが欠落していて、私がアホな質問にキレてツメたりすると昨日の今日で辞めていく。

私としては誰が辞めようが知ったこっちゃないんだけど、駐在員はチームを大きくすることが一番の使命なのだそうだ。それで一応頑張ってみた2020年の日々を一言で表すと「ムリゲー」だったのだけど最近コツをつかんだ。そのコツというのは”とにかく仕事を見せて真似させる”ということである。

結局ベトナム人にとって働く理由、しかも超絶細かくてメンドクサイ日本人と働く理由は、「居心地がよくてそこそこ金をもらえる」か「キャリアで役に立つか」のどっちかなので、私は「キャリアで役に立つ」上司像を邁進しようと決めた。メンバにも「私はゲームでエースなのでありコーチタイプではないので、気の利くマネージャとしての役割は期待するな、そのかわりスキルは伝授する」と伝えている。

技術力でついてこさせればいいのだということに気付いたのは、意外と身近なところだった。うちの会社には「性格は終わってるけど仕事ができる」、スナイパーみたいな超個人プレーヤーが集まるチームがある。そのチームは「ここにいれば頭良くなる、金も稼げる」というシンプルなモチベーションで維持されており、エース級コンサルのリーダーが過去資料を見繕って供給して、あとは各メンバが好きに仕事をとって仕事をまわす、というスタイルである。実は私はこのチームとベトナムの案件で長らく一緒に仕事をしていて、自分もこの人たちと同じようにやればいいのではと気付いたのである。そして1年くらい、とにかくアウトプットを作ってベトナムメンバに真似させるということを繰り返していたら、なんだか軌道に乗るようになってきた。チームメンバ間で私の作った資料を使って、わいわい議論して進捗できるようになった。レビューの時間をほとんどとらなくていいし、効率的に教えられるし、PJが発散しないし、無駄な議論をしたくない私にはいいやり方だと思っている。肝要なところは最初から固めてしまうので、だいたいのプロジェクトは安全かつスムーズに進み、放っておいてもだいたいうまくいく。だからみんなハッピー、お客さんもハッピー、会社もハッピーで、私は会社に対して、みんないい仕事したんだから給与上げろと強く交渉出来る。そして、そんな風に強情に給与交渉する人が少ないので、だいたい言った通り給与は上げてもらえる。

そんな感じで、私のほうで成果物を作ってしまってあとはみんなに好きに料理させて、給与交渉だけちゃんとやってあげて放置していたのだけど、メンバが思いの外私に懐くようになった。嫌々やった面談の時に「今までで最高のマネージャだ」とほめられた。図らずも心がぽっと温かくなった。私はそのときふと思った。このコンテクストはまんま「きつねのおきゃくさま」ではないかと。

「きつねのおきゃくさま」を知らない人のためにあらすじを話すと、「きつねのおきゃくさま」という絵本があるんです(小学生の国語の教科書にも載っている)が、狐が迷子のひよこやウサギを太らせて食べようとして面倒を見てたら情が移って、ある日やってきた狼からひよこやウサギを守るために狐が命を懸けて戦い、結果死んでしまうという話です。これは、うちのベトナム人メンバのために私が決死の給与交渉して、しつこすぎて本社からの評価下げられるという話とかぶるような気がする。エースの記録に残る代わりに恩師として記憶に残った、みたいな。いずれ優しさで身を亡ぼすような気がする。うーん、ちょっとまだ死ぬには早い気がするけど、そういう生き方、散り方も意外とカッコイイかも?

そんな話を隣の営業Mさんにしていたら、一言Mさんが言った。「それ、ただ単に、年取ったってことっすよ。」

 - ベトナムをゆく

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