ノトニクル

ノトがパスポートとクレジットカードを持って世界のどこかをうろつきます。

*

ベトナム人と結婚してみた ⑥アオザイ作り編

      2017/08/30

アオザイは日本の着物のようにしっかりした作りではなく、2枚の大きな布をざっくり切って縫うだけの衣装なので、観光客なんかは翌日仕上げで3000円くらいで作ってお土産にしたり貸衣装屋で既製品を借りて写真だけ撮ったりする。私は2年以上もベトナムにいるが特にアオザイを着たいと思うことも着る機会もなかったので一度も着たことがなく、今回作る結婚式用のアオザイが生まれて初めて着る、初めにしては本気すぎるアオザイである。

アオザイというのは町中の至る所に店があって、全てオーダーメイドで作る。日本の着物なんかだと色々格式があったりするけど、アオザイは基本的にそういうのはない。あるにはあるんだろうけど、博物館とかそういうところにしかなくて、日本人が着物の帯の産地やら織り手やらにこだわるようなことは一般のベトナム人はまずしない。

さて店選びだが、ベトナム人同僚の行きつけの店やオススメの店があるわけでもなかったので、まずネットで見つけた1店目。サイト上はとてもきれいなアオザイが並ぶのだが、店は狭く汚い狸小路の中にあった。嫌な予感がする。綺麗なものを売るはずの店がこういう汚いロケーションにある時点で、大抵ろくでもない製品を売ってるろくでもない店なのだ。出向いた日は休みのようだったが、工房と住居が一緒になっているのでお店に電話すると、中からすごくけだるそうな女の子が出てきて店を開けてくれる。私たちを道で待たせながら、その子は汚くて生乾きのする湿ったモップで床を拭いてさらにベトベトにする。せっかく店を開けてもらった上に(頼んでないが)掃除までしてくれたので、ここで帰るとは言い出せずとりあえず様子だけ見てみることにする。女の子は私たちを招き入れると、まるで何しに来たんだというような、アオザイ売りの接客をしたことないような気の利かなさで、私たちが何かリクエストを出すのをスマホをいじりながらぼーっと待っている。結構よくあるベトナムのサービスレベルである。でなければベトナムのサービススタイルは、影のようにピターっと客にくっついてまわるかのどちらかである。

帰りたい衝動を抑えて、私が一応、着てみたいというか着てもいいアオザイを選ぶ。すると女の子は、黒いごみ袋からクシャクシャになったペアのズボン(上着の下に履く)を取り出して私によこす。なぜかXXSサイズ。私はむしろ和田アキ子体型。あんたは接客素人か。

試着室、というかカーテンで仕切っただけの空間に押し込められる。XXSサイズは無論入らないわ部屋は暑いわ臭いわ汚いわで、やっぱここは金で解決すべし、安かろう悪かろうだ!とアオザイを脱ぎ捨てて1件目を後にする。そういえば、アオザイの店に行ったのは実はこれが初めてじゃなくて、この2か月くらい前にも別の店にも下見に行った。アオザイストリートみたいなところがあって、そこでよさげな店の目星をつけているときにある店に入った。その店で手に取ったアオザイはなかなかきれいだったのだが、なんとアオザイのレースと下地の間にゴキブリの死骸が2匹もはさまっていた。ぎゃー!と叫ぶ私の手からアオザイを取り返して、何気なく他のアオザイの後ろに戻す店員。いやいや戻すなよ。ベトナムで相当慣れたとはいえ、まだゴキが怖い私、逃げるように店を出る。その話を知り合いのベトナム人にしたら、きっときれいなところで死にたかったんだよ、とゴキブリの気持ちを代弁してくれた。ゴキブリってそういうの求めている生き物だったろうか?

2店目。こちらは日本で言う銀座大通り的ポジションにある通りのこぎれいなアオザイショップ。ベトナムの有名歌手なんかがここでアオザイを作ったりする。この通りを通った時にたまたま見つけた店で、白地の絹に紫のレースを貼りつけたアオザイに一目ぼれして目をつけていたのだ。

意気揚々と店に入って、あのウィンドウに飾ってあるアオザイを作りたいんですがと言うと、身なりの良い中年女性の店員がマネキンに着せていたアオザイを持ってきてくれる。白地に薄い紫の小さなレースがちりばめられた、質の良い絹でできたアオザイだ。アオザイは既製品を着ることはほとんどないのだが、なぜか試着を勧めてくる。案の定というかなんというか、袖に二の腕が通らない。私はコルコバードのキリスト像みたいに佇んで、両側から旦那さんと店員のおばさんに袖を通してもらう。旦那さん「khong duoc!」(無理だよ!)店員”Duoc duoc” (イケるよ!)と言い合っている。もはや袖が通っても不愉快、通らなくても不愉快である。だいたいにして生地が足りてないのは腕だけではなくて丈も足りてないのだ。これが着れたところで行きつく先はエプロンである。

結局袖は通らなかった。おばさんはなんのフォローもなく、「ああ、入らないですね」的な感じでアオザイをひっこめる。遠回しに「デブに着せる服はないんだよ!」と退場勧告を受けたような気分になる。なんだか規格外の体型で申し訳ない、という気持ちにすらなってくる。傷ついた自尊心を癒すため、もうこのまま家路につきたいのだが、迫る結婚式を前にこのまま手ぶらで帰るわけにもいかず、気を取り直して「オーダーメイドで作るといくらですか」と聞く。帰ってきた答えはなんと3500万ドン(約17万円)。前回ベトナム人みたいなボロTでやってきたときは提示価格2100万ドン(約10万円)だったのに。今回よそ行きの小綺麗な、外国人だとわかる格好で着たら値段が2倍弱まで跳ね上がった。せいせいするほどの外人料金である。前回聞いたときは2100万ドンだったと言っても、そんなことは言った覚えはないの一点張り。10万円は一般のアオザイに比べたらかなり高いけど、日本で式をやるよりはずっと安いし、とても気に入ったアオザイだったから奮発しようと思っていた。でも2倍弱のボッタクリにはさすがに幻滅し、憤慨し、意気消沈して店を出る。こんな国の民族衣装のために金をかける気も失せて、もう安物でいいわと適当にある程度名の通った中堅ショップを探してそこで作ることにする。

もう朝から2店もまわって、もともとドレスなど興味がないところに追い打ちをかけるようにひどい接客を受け、私はもはや全く関与せず、旦那さんに全て押し付け、店を探させ、ある大通りに面した3店目に向かう。ここは旦那さんが探し出したある程度名のあるメーカーらしい。私はもう死ぬほど面倒くさくて面倒くさくて、母親がなぜ20代でウェディングドレスを着ておくべきと言っていたかを理解した。20代はきっとディズニーランド的仮想世界へのモチベーションを今よりはまだ維持できたのだろう。まだ、若いだけで内面から湧き出る輝きとかが多少しょぼいドレスも美しく見せ、何より自分を美しいと信じ込む未熟さが結婚式やらドレスやらの多少の粗を隠したのだろうが、30代になるとそういう無邪気さや純真さが足りなくなってモチベーションが下がり、有り余る気力体力もなくなって、一つ一つの準備が辛くなる。まあとはいえ、じゃあ20代で結婚出来たのかと言えば出来なかっただけなんだけども。

3店目の店は可もなく不可もなくという感じで、生地がどれもこれも100均のテーブルクロスみたいにゴワゴワしていて原色が多い。もう本当にどうでもよくて、さっさと終わらせたくて目の前にあったものを選び、体の寸法を測ってもらってオーダーする。義理の姉が結婚祝いに私にアオザイを贈るというので、そのサイズが義理の姉に共有される。義理の姉に共有されたが最後、どうせ義理の家族に情報が流れ、「マジ座高が高い」とか言われているに違いない。私の被害妄想は止まらない。

2週間程経って仮縫いの段階で一度フィッティングがあった。わかってはいたが軍服が似合う和田あき子体型、どうがんばってもアオザイは似合わない。いっそスト2の春麗くらいぶっちぎっていたらある意味似合っていたのかもしれないが、結婚式ではそういうのは求められていないので、既成の”ウェディングドレス像”を踏襲しなければならない。まあでも想像してみてもらいたいのだけど、和田あき子にアオザイはどう転んでも似合わないので、私のアオザイモチベーションは最後の最後まで上がらず、フィッティング後、面倒過ぎて式の当日の午前中まで完成品を受け取りに行かなかった。式当日は1年分のアクシデントを詰め込んだようなドタバタだったのだが、アオザイが口火を切った。式の当日やっと旦那さんに受取に行ってもらい着替えの段階になって気づいたのだが、裁縫時に布に色をつけるチャコペンの赤インクが真っ白なドレスに大胆についたままなのだ。しかもこれが油性で、水で洗っても取れないどころかなぜか色が濃くなってしまう。旦那さんが店に電話すると、ドライクリーニングじゃないと取れないそうだ。日本人の感覚からしたらありえない話だが、チャコペンを落として完成品、ではなかったのだ。数時間後に迫る式、ドライクリーニングに出す時間はない。私はチャコペンを付けたまま着ることも覚悟した。ベトナム人の段取りの悪さをコントロールできてない象徴みたいだった。

でも結局このチャコペンは、旦那さんが歯ブラシと薬剤代わりのベトナム焼酎(アルコール度数が高い)と気合でどうにかして式までに落としきった。随分と焼酎をしみこませたらしく、式中ドレスの上半身がじとっと湿っていた。でも式のアクシデントを通して、旦那さんとの信頼関係は一応深まった。一般のベトナム人への指示系統と段取りの取り方もよくわかった。職場では(比較的)優秀なスタッフに囲まれていたので気づかなかったのだが、「良きに計らう」という行動様式はベトナム国民のDNAに刻まれていないことを思い出した。じとっと湿ったアオザイを着ながら、そういえばああそういえばここはベトナムだったな、期待した私が間違いだった、と心底反省した式が続くのでありました。

 - ベトナムをゆく