ノトニクル

ノトがパスポートとクレジットカードを持って世界のどこかをうろつきます。

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ベトナム人と結婚してみた ③病気と絆編

      2017/08/30

先日旦那さんの母ちゃんが、胸が苦しというんで田舎からホーチミン市の病院までやってきて、狭心症のようだということで入院になった。旦那一家は大きな病気をしたことがない、健康な田舎者の集まりだったので、慌てた父ちゃんはほとんど着ぐるみ一つでホーチミンに母ちゃんの後を追ってやってきて、哀れな旦那一家は目の前に金を積まなきゃ動かない拝金主義の医者たちに放置されて、なすすべもなく病院でひたすら検査を待っていた。

日本の常識からすれば、狭心症で急患で運ばれて来たら、すぐCTをとってカテーテルやって血栓を取り除くとかすると思うのだが、ベトナムはまず現金(この場合数十万円)を用意して、検査代・手術代を払ってから領収書を持って医者に処置してもらいに行く。でも数十万の現金はベトナム人にしちゃ大金なのですぐに用意できる人などそうそうおらず、みんな親戚中をかけまわってお金を集める。しかしいざお金が集まっても、医者のレベルは低く診断内容も当てずっぽうだったりするので、医者の言うままに払いますというわけにもいかないらしい。ここで別の病院と掛け持ちしセカンドオピニオンを煽ったりしながら、受ける治療を決めていく。

病院など縁のない田舎者の義理両親は、金もないツテもないで何から着手するのがいいのわからず、とりあえず最初の診察で処方された狭心症の薬を飲みながらただただ病院内で安静にしていた。

その状況に猛烈に怒ったのがうちの家族。うちの家族は(私以外)みんな医療従事者なので、ベトナム医師の、医者としての使命の欠落と杜撰な診察に烈火のごとく怒った。患者を、しかも心臓病の急患を放置するなんてありえない、先に現金を用意しないと急患でも診ないなんてありえない、今すぐ最初の診断結果をこっちに送れ、外国人向けの私立病院に行け、いくらでも賄賂積んですぐに医者に診させろ(※賄賂積むのは私)、云々。

ところが普段大きなお金をほとんど使わない旦那一家、数十万円を目に見えない治療に使うというのがなかなか踏ん切りがつかないらしく、また知識もないので医者にその効果の確からしさを強く確認することも出来ず、うちの家族の意見になかなか賛同しない。そうは言っても心臓病、呑気なことも言ってられないので、私が両親見舞いついでに、うちの弟に診察結果をセカンドオピニオンとして確認させるから、安心して金を払って治療を受けなさいと説得しに行くことに。

お見舞いには日本みたいにフルーツとか花とか持っていかないので減塩減脂のベトナム料理を作って持っていくことにした。両親はカンチュアという魚の酸っぱいスープが好きなので、ここは自分自身の一つベトナム料理のレパートリーを増やすためにも手作りしてみることにした。コープマートという地元のスーパーに行き、ベトナム料理のレシピ本を片手に必要な野菜を選んでいると、カンチュアに必要な野菜の盛り合わせセットを見つける。さすが国民食である。カンチュアのスープはタマリンドで作るのだが、ちょうど1回分のタマリンドもセットに入っている。でも魚が入ってない。魚コーナーに行って、輪切りの川魚をオーダーしなければならない。しかしどうオーダーすればいいのか(ウロコをとってとか輪切りにしてとか腹ワタとってとか)わからないので、なにかいい方法はないものかと生鮮食品売り場をうろうろし続ける。10分くらいさまよい続け、カンチュアをあきらめて他の料理にしようか諦めかけていると、なんと一人の店員さんが私の目の前の生鮮食品の棚に魚の輪切りを置いて行った。誰かがオーダーして買わなかったのだ。全カンチュア神が力なくカンチュア門を叩く私に微笑んでいる!!ありがとう、カンチュア神ありがとう。そして門は開かれた。私はそれまでタマリンドを調理したことがなく、しかも臭いヌクマムをスープに入れて美味しいスープが出来上がる気が全くしなかったので、念のため“カンチュアの素”も買う。いそいそと家路につき、蓮の茎とか触ったこともない野菜をレシピ通りに切り、パイナップル(!)を野菜のようにスープに入れ、タマリンドとヌクマムを入れてスープを作り始める。途中味見するがわかることは不味いということだけ。プランB発動、自作スープを捨て、水を入れなおしてカンチュアの素でスープを作る。間違いのない味。味の素ありがとう。カンチュアだけだとさすがに足りないので、牛蒡と蓮根のきんぴら、かぼちゃの花炒め、デザートにザボンを切って、念のため心臓と心臓周りの動脈の絵を描いたメモを持って、いざ病院にお見舞いに。

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手前の茶色いスープがカンチュア。スープで煮た魚は別途取り出して、ヌクマムをつけて食べる。

やってきた病院はホーチミン市内にあるcho ray国立病院。病院といってもほとんど野戦病院に近い状態で、建物の外側の壁が鉄格子になっていて病院内は密室にすらなっていない。激しいスコールの時なんかは雨が廊下に入ってくる。クーラーはもちろんない。廊下には所狭しと簡易ベッドが歩く隙間もないくらいびっしりと並べられていて、その合間に見舞いの家族たちが地べたに座り込んで看病している。この簡易ベッドがまた酷くて、ペラペラのステンレス板に汚いスポンジを敷いている代物だ。汚れても消毒なんか絶対してない。こんな汚い病院がなぜ大盛況しているかというと、ここは国立病院なので国民健康保険が効くのだ。なので一般市民はたいていここに来るが、そこそこお金がある中流層や外国人は外資やローカルの私立病院に行く。

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cho rey 病院で検索するとこの画像が。でもこの写真ですら実際よりかなりまとも。見て分かる通り、病院なのに衛生の「え」もない。

この病院、ベトナム戦争前に日本人医師が建てたそうで、庭にその医師の銅像がって、ホーチミン市民の間では結構有名な国際協力事例なんだそうだ。でもその話には続きがあって、その医者はベトナム女性と不倫して、悲しんだ奥さんと子供は病院の屋上から飛び降りて心中したそうだ。もとのいい話が掻き消されるばかりか、病院の歴史としては不謹慎すぎる。

私と旦那さんが料理をかついで見舞いに来ると、両親はこれまでにないくらい大喜び。こんなに喜んでる義理両親を見たのは初めてかもしれない。周りの患者たちに、これがうちの息子と嫁だと自慢し始め、息子たちが料理を持ってきたからと自分の病院食を周りの人たちに押し付けている。周りの人達はとても迷惑そうだ。頑張って作ったカンチュアはとても美味しかったらしい。そりゃそうだ、カンチュアの素を引き伸ばしただけですから。

30分くらいだらだらと話(茹でバナナが好きか蒸しバナナが好きか→どちらも嫌い)をして、今後母ちゃんの心臓は自然回復することはないから必要なら血管拡張の手術もして、しっかり治療するように説得する。旦那父ちゃんはその場ではまだ決めかねているようだったけれど、後日日本円にして50万円程の検査と治療を受けることに合意し、治療費もなんとか工面した。しかし合意から治療までの間も病院の対応がまたこれがとてつもなく遅かった。私と私の家族からの説得代行を押し付けられてさんざん振り回された上に病院対応にも苦労させられた旦那さんはとうとう怒り、「うちは義理弟にセカンドオピニオンを受けてる。あんたたちの対応がこれ以上悪ければ訴えるぞ!」と医者を脅したらしく、その後はすべての検査がスムーズに進んだ。色々杜撰すぎ、露骨すぎである。

その後母ちゃんは狭くなった血管の拡張手術を受け、無事退院。今でも月1で通院しているが、経過良好のようである。

今思うとこの騒動を機に、「家族の絆」が芽生えたようだった。それまで1年近く面識があり、私と義理の両親は何度も顔を合わせていたが、家族の危機的状況を打開しようとする私の姿勢を間近に見て初めて家族の一員として認識されたようだ。まだまだ言葉も習慣も相容れないが、万里の道も一歩から。飽くなき挑戦は続く。

 - ベトナムをゆく